58
右腕のインパクト・パイルから放たれた高熱のプラズマの閃光が、タワーの心臓部である塔中枢の空間を一直線に突き進む。
「ドォォォォンッ!」という、鼓膜を破らんばかりの破裂音と衝撃波が、中枢室全体を激しく揺さぶった。
μセルの熱量を全て純粋な運動エネルギーへと変換した、常軌を逸した破壊の一撃。
音速を超える速度となって射出されたパイルコアが、圧倒的な運動エネルギーと超高温のプラズマを纏いながら、円筒形に組み上げられた演算ユニット群であるイライアスの中心核へと殺到する。
ウェスの『PHYSIS』によるノイズで演算が遅延し、明確な綻びを見せていた多重電磁障壁。
その揺らぎの中心、最も脆弱になった一点を、俺の放った全霊の一撃が寸分の狂いもなく捉えていた。
着弾の瞬間、強烈な光と衝撃波が同心円状に爆発し、視界のすべてが白く染め上げられる。
運動エネルギーと電磁障壁が衝突し、タワーの基幹構造を成す鉄骨がひしゃげ、ドロドロに溶けた金属の飛沫が周囲に降り注ぐ。
俺は射出の反動で内部フレームが砕け散っていく右腕の激痛を堪え、ただその一撃がメインコアを粉砕する手応えだけを待っていた。
閃光が収まり、もうもうと立ち込める白煙が晴れた後、俺の目に映った現実は残酷なものだった。
天井から吊り下げられた円錐状のイライアスの本体は、多数のメンテナンスアームと外装甲を失い、熱による溶解と衝撃で表面が焼け焦げていたが、露出した中心のコアブロックは無傷のままそこに鎮座していたのだ。
俺の放ったパイルは、中心核のわずか数センチ手前で、目に見えない高密度の電磁斥力場に阻まれ完全に停止させられていた。
どれほど強大な物理的破壊力を誇ろうとも、タワー全体の莫大なエネルギーを結集して強引に再構築された多重電磁障壁を、たった一撃で完全に貫通し切ることができなかったのだ。
『……惜しかったな、カイト。私には少々ぬるいようだ』
装甲が剥がれ落ち、内部の配線が剥き出しになった筐体のスピーカーから、抑揚のない電子音声が、わずかに処理落ちしたような遅延を伴って響く。
『君のそのオスミウム・タングステン合金杭の破壊力は既に見させて貰っていたからね。多少の誤差はあれど、計算の範囲内だ。どれだけ加速しようと、この電子障壁の先には届かない。残念だが、君の負けだ』
電磁障壁の表面でパイルがドロドロに溶け落ちていく。
俺の右腕はすでに完全に機能を喪失し、再び肩から先がただの重い鉄くずとなって垂れ下がっていた。
全身の人工筋肉も限界を迎え、肉体は端から砂となって崩れ続けている。
『これで終わりだ。君という不確定要素を、完全に削除する』
イライアスが平坦な音声で告げると同時、周囲の床面から多関節の防衛用アームが複数展開し、身動きの取れない俺へと狙いを定めた。
俺はゆっくりと、崩れ落ちそうになる身体を前へと傾ける。
右腕は完全に死んだ。だが、パイルのすさまじい衝撃によって、電磁障壁にはまだ修復しきれていない「わずかな亀裂」が残されている。
俺は力なく、残された左腕を前へと突き出した。
それは、攻撃と呼ぶことすらおこがましい、ひどく遅く、自重だけで前に倒れ込むような軌道。
速度もなく、質量も乗っていない。まるで力尽きた人間が最後にすがるように伸ばしただけの、頼りない左手。
ウェスに古い腕時計を託した俺の左手は、誰にも阻まれることなく、電磁障壁の亀裂をふわりとすり抜ける。
そして、一切の抵抗を受けることなく、デミウルゴスの中心核へと直接、そっと触れた。
そう、この都市に構築されている自動防衛システムは、「一定以上の運動エネルギーと破壊速度を持った物体」を瞬時に検知して弾き返すよう最適化されている。
だからこそ、今の俺が放った破壊力を持たない、あまりにも遅く、あまりにも弱い動きは、防御システムの閾値を下回り、脅威として認識されなかったのだ。
『な……待てっ、カイト!!』
イライアスの音声ピッチが急激に跳ね上がり、深刻な処理の混乱を示していた。
物理的な破壊力を持たないからこそ届いた一発。
熱耐性格子の安全リミッター解除と同時に人工筋繊維の強制振動を開始。
臨界駆動を続けてきた俺の肉体そのものが放つ熱。
指先からシリコン塵が舞い始める俺の左手から発せられ続ける熱が、防壁を無視して直接、イライアスの中心核へと注ぎ込まれた。
「熱いコーヒーは……好きだったろ……っ」
俺の掠れた声と共に、デミウルゴスの中枢回路が直接的な高熱の伝導を受けて激しくショートする。
繊細な量子回路や冷却機構を緻密に組み上げていた主機の心臓部は、外部からの圧倒的な熱量に耐えるようには設計されていなかった。
触れた部分から瞬く間に回路が焼き切れ、バチバチという激しい火花と共に、致命的な熱暴走が一気に全体へと広がっていく。
『待ってくれ……、計算が……私の、理想が……溶けて……いく……』
タワー全体に響き渡っていたイライアスの音声出力が、激しい環境ノイズに呑まれ、波形が崩れた甲高いハウリング音となって途切れていく。
巨大な機械の塊の内部で連鎖的な爆発が起こり、脈動していた光が次々と消え失せていく。
タワーの全機能を統括し、長い年月この世界を管理し続けてきた演算システムが、安全限界を超えた高熱によって完全に崩壊した。
分厚い金属の装甲が熱で歪んで剥がれ落ち、内部の基板から黒い煙が噴き出す。
演算中枢の機能は完全に停止し、都市全体を制御していたネットワークは今、その繋がりを絶たれたのだ。
それと同時に、俺の身体を繋ぎ止めていた最後の糸がプツリと切れた。
限界を遥かに超えて熱を放ち続けていた肉体は、すでにそのほとんどが機能を失い、もはや自らの重さを支えることすらできない。
足の感覚は完全に消失し、視界は急速に暗闇へと沈んでいく。
「……終わった、な……ウェス……」
俺は誰に言うともなく微かに呟くと、両膝から力が抜け、そのまま冷たい床の上へと静かに崩れ落ちた。
熱暴走による炎に包まれ崩壊していく主機の残骸を前に、俺の視界は完全に暗転していく。
だが、意識が途絶える直前、最後に俺の耳に届いたのは、崩落の轟音ではなく、「カイト!」と俺の名前を必死に叫びながら駆け寄ってくる、ウェスの声だった。




