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分厚い隔壁を抜け、俺たちはついにタワーの真の心臓部へと足を踏み入れた。
そこは、これまでのタワー内部の無機質な通路とは全く異なる、広大で異様な空間だ。
果てしなく続く巨大な円筒形の縦穴。その中心には、都市全体の電力を賄い、膨大な演算の基盤となる超巨大なメイン・フレームが青白い光を放ちながら鎮座している。
空間全体を埋め尽くすように、無数の光ファイバーと冷却用の太いパイプが、まるで巨大な獣の血脈のように張り巡らされている。
俺とウェスが警戒しながら足を踏み出した直後、メイン・フレームの手前に青白い光の粒子が集い、見慣れた男の姿を形作った。
『限りなく少ない可能性の一つだったが、あえて言えば想定外。君たちがここまで到達する確率は、限りなくゼロに近いと思っていたよ』
現れたホログラムのイライアスは、五十年前と変わらない穏やかな表情で俺たちを見下ろしている。
かつて同じ研究室で肩を並べていた頃のような、気安い口調。
だが、その眼差しには俺たちへの敵意も怒りもなく、ただ盤上の駒を見つめるような静けさだけが漂っていた。
『だが、君たちの破壊を伴う予測不能な行動も、ここで終わりだ。これより、社会変動リスク最小化基本法に基づき、君たちを排除する』
イライアスがホログラムの腕を軽く振るうと、塔中枢の空間全体が不気味な地鳴りを上げ始める。
俺たちの足元にある通路の床板が急速に引き剥がされ、タワーの都市機能をコントロールする巨大な構造物が、生き物のように動き出し、俺たちの行く手を完全に塞いでいく。
瞬く間に俺とウェスの周囲を取り囲んだのは、いかなる質量や衝撃も受け付けないよう計算され尽くした、強固な防衛障壁だった。
何重にも展開された超硬合金のパネルと、強力な電磁シールドの多重展開。
アリサワが用意したような隙のある迷宮などではなく、イライアスが自らの手で組み上げた、一切の余白や逃げ道を排した完璧な檻だ。
俺は舌打ちをし、右腕にマウントされた巨大な拡張リグの撃鉄を乱暴に起こす。
重厚な金属音が、冷え切った空間に鋭く響く。
「無駄口を叩く暇があるなら、かかってこい! お前のその完璧な計算ごと、俺が力ずくで叩き壊してやる!」
俺は強靭な足のバネを使って一気に跳躍し、眼前に展開された障壁に向かって、右腕のインパクト・パイルを全力で叩き込む。
ドォォンッ!という凄まじい衝撃音が響き、火花が激しく散る。
だが、障壁の表面にはごく浅い傷がついただけで、ビクともしない。
俺の打撃のベクトルとエネルギー量が瞬時に読み取られ、電磁シールドの出力調整によって衝撃が完全に無効化されているのだ。
『無駄だよ、カイト。君の限界出力はすでに把握している。いかなる執念を持とうと、この完璧な壁を打ち破ることはできない』
イライアスがホログラム越しに静かに首を振り、俺の絶え間ない打撃音を遮るように告げる。
確かに、俺一人の純粋な質量による攻撃だけでは、イライアスの演算速度を上回ることはできない。
何度叩き込んでも、障壁は俺の力を水のように吸収してしまう。
だが、俺は一人で戦っているわけではない。
後ろには、新しい未来を担う相棒がいる。
「ウェス! 準備はいいか!」
俺が背後へ向かって叫ぶと同時に、ウェスが自身の端末のホロキーボードを恐ろしい速度で叩き始めた。
「とっくにできてる! イライアス、あんたのその完璧な計算式に、極上のノイズを混ぜてやるよ!」
ウェスの指先から放たれたのは、ジジから受け取った『PHYSIS』のプログラムの断片だ。
未完成でありながらも、タワーの中枢構造を根底から書き換えるために特化した、牙を剥くような鋭いコードの楔。
それが、ウェスの卓越したハッキング技術によって、イライアスの演算回路へと直に流し込まれる。
完璧な陣形を組んでいた防壁の表面に、不規則なノイズの波紋が走る。
イライアスが、突如として侵入してきた『PHYSIS』のエラーコードを処理しようと、膨大な演算リソースを無理やり割かされた。
その結果、防壁の強度を維持するための電磁シールドのフィードバック制御に、ほんのわずかなラグが生じる。
『……不正なコードの侵入を確認。演算にコンマ一四秒の遅延が発生しているな――』
ホログラムのイライアスが、わずかに眉をひそめて防壁の不調を口にする。
彼が作り上げた無敵を誇る壁に、修復不能な綻びが生まれた瞬間だ。
コンマ一四秒。
人間の瞬きよりも短いその一瞬の計算の穴こそが、俺たちが彼の予測を上回って叩きつけた、反逆の痕跡だった。
「そこだぁぁぁっ!!」
俺は喉の底から裂帛の気合いを放ち、その穴が塞がるよりも早く、限界まで引き絞っていた右腕の巨大な拡張リグを全力で振り抜く。
狙うのは、電磁シールドの防御がわずかに薄れた一点のみ。
ガガガガッ!という凄まじい金属の摩擦音が鳴り響き、パイルの先端が超硬合金のパネルに深く食い込む。
俺の体から放たれる過剰な摩擦熱が、パイルの先端に莫大なエネルギーを集中させる。
そして次の瞬間、大気を震わせる轟音と共に、イライアスが破られないと豪語した障壁が、内側から派手にへし折られ、現実の質量を伴って大きく抉じ開けられたのだ。
『……防壁の崩壊を確認。やれやれ、排除に失敗したか』
ホログラムのイライアスが、予期せぬ結果に目を細める。
砕け散った装甲の破片が降り注ぐ中、俺とウェスはついに、イライアスが待ち構える塔中枢の中心部へと繋がる道を力ずくで切り拓いた。
残された時間は少ない。
俺の右腕からは莫大な白煙が立ち昇り、塔中枢の冷え切った空気を激しく焦がし始めている。




