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ジジの要塞を吹き飛ばした爆燃の熱風がようやく収まり、暗い地下の基底部に重い静寂が戻ってきた。
周囲には焦げた金属の匂いと、微かに残る火薬の硫黄臭が立ち込めている。
俺とウェスは、タワーの心臓部である『塔中枢』へ続く巨大な隔壁の前に辿り着いていた。
呼吸を整えるための、ほんのわずかな休息の時間。
硬い床に腰を下ろしたウェスは、端末の画面に映る『PHYSIS』のコードを食い入るように見つめ、何かを懸命に自身の頭に叩き込んでいる。
俺は深く息を吐き出し、溶接されたばかりの巨大な右腕の拡張リグを動かしながら、懐から一つの小さな金属の塊を取り出した。
それは、ガラスのひび割れた古い機械式腕時計だった。
量子ショックのあの日から完全に秒針を止めたままの、過去の遺物。
表面には無数の傷が刻まれ、内部の細かな歯車は完全に錆びついている。
だが、この静止した時間こそが、俺が背負い続けてきた孤独な時間の確かな手触りだった。
俺はその金属の重みを掌で確かめると、立ち上がってウェスの前へと歩み寄った。
端末の光に照らされた彼の顔は、かつての怯えたような少年ではなく、世界と真っ直ぐに対峙しようとする強い意志に満ちている。
俺は無言のまま、その古びた腕時計をウェスの胸元へと放り投げた。
ウェスが驚いたようにそれを受け取り、手のひらに乗せてまじまじと見つめる。
「なんだよ、これ。ゼンマイも錆び付いてるし、もうとっくに動かないただの鉄屑じゃないか」
ウェスが怪訝な顔で顔を上げる。
俺は小さく鼻を鳴らし、右腕の無骨な鉄の塊でタワーの奥深くを指し示した。
「ああ、そうだ。俺の時間は、112年前のあの日からずっと止まったままだった。だが、過去の亡霊だったアリサワとの決着はもうついた。俺の背負っていた因縁は、あいつと一緒に完全に灰になったんだ」
俺の声は、自分でも驚くほど穏やかで、静かな決意を帯びていた。
「ここから先は、俺の過去を清算するための戦いじゃない。お前たちが自分の足で進むための、未来の時間を手に入れるための戦いだ」
ウェスは言葉を失い、手の中にある重みのある時計と、俺の顔を交互に見つめた。
俺が彼に託したものは、単なる壊れた時計ではない。
それは、俺がこの狂った世界を破壊するためにたった一人で遺した『PHYSIS』の設計思想そのものだった。
完璧に管理され、決して予測から外れることのない静止したシステムなど、ただの息苦しい檻に過ぎない。
人間が人間として生きるためには、予測不能なノイズと、常に変化し続ける不確定な未知の世界が必要なのだ。
「あんたの言いたいことは、この『PHYSIS』のコードを読んで痛いほど分かってる。あんたは最初から、俺たちにこのめちゃくちゃで泥臭い世界を丸ごと押し付ける気だったんだな」
ウェスが不器用な笑みを浮かべながら、手の中の時計をしっかりと握り締める。
彼の言葉には、押し付けられたことへの不満など微塵もない。
むしろ、俺の遺した不確定な未来への期待と、その責任をすべて背負い込むことへの強い覚悟が、確かな気迫となって彼の全身から立ち昇っていた。
俺の設計思想は、すでに彼の血肉として完全に受け継がれているのだ。
ウェスはその古い機械式腕時計を、自身のベルトのポーチへと大切にしまい込んだ。
その仕草は、ただの記念品を受け取った少年のものではなく、一つの時代の終わりと始まりを告げるバトンの受け渡しそのものだった。
「俺はもう、寿命計の数字に怯えて逃げ回るだけのただのガキじゃない。あんたの遺したこの荒削りな『PHYSIS』を使って、この世界の檻を内側からぶっしてやるよ」
ウェスの瞳の奥には、アリサワが持っていた傲慢な知識欲でもなく、イライアスが持っている温もりを欠いた論理でもない、予測不能で泥臭い生の炎が燃え上がっていた。
その頼もしい姿を見て、俺の奥底にあった最後の迷いや未練が、まるで朝靄のように完全に晴れていくのを感じる。
俺が長い年月、ただ絶望と共に暗がりの底で待ち続けてきた時間は、決して無駄ではなかった。
世界を変えるのは俺の過去ではなく、彼らのような若い意志なのだ。
俺の役割は、彼らが進むべき道に立ちはだかる最後の巨大な壁を、力ずくで抉じ開けることだけだ。
「……行くぞ、ウェス。イライアスが、中枢で俺たちを首を長くして待っているはずだ」
俺は深く焼け焦げた右腕の関節を鳴らし、巨大な隔壁へと真っ直ぐに向き直った。
ウェスも力強く頷き、自身のハッキング端末を構えて俺の隣に並び立つ。
過去の怨念に終止符を与えた今、これより先は、未来の解放を阻む者たちとの最終決戦だ。相手がかつての友人であっても、もう迷いはない。
俺たちの目的は、この薄暗い地下の底で完全に一つになった。人間が人間として自由に生きるために、管理された平和という名の檻を破壊する。
それこそが、俺たちに残された最後の使命なようなものだった。
ウェスが端末を操作し、隔壁のロック機構へとアクセスする。
重厚な金属音が響き、これまで部外者が足を踏み入れることのなかったタワーの心臓部への道が、ゆっくりとその口を開き始めた。
すべてを押し流すようなエネルギーの奔流と、すべてを凍りつかせるような決して覆ることのない秩序の気配が、開かれた扉の奥から溢れ出してくる。
俺たちは互いの泥臭い覚悟を確かに感じ合いながら、最後の戦いの地である『塔中枢』へと重い足を踏み入れた。




