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気圧計の針がいよいよ限界の底を指し、区画内の空気は活動を維持するには不十分なほど枯渇しようとしていた。
息を吸っても肺が満たされず、頭痛とめまいが視界を揺さぶり、立っていることが億劫になるほどの強い疲労感。
その中で、ジジだけは手元の古びた起爆装置の配線を、ひどく落ち着いた、職人のような手つきで黙々と繋ぎ合わせていた。
「わしの時間は、とっくに終わっておる。ここはお前さんたちが残るような場所じゃねえ」
すべての配線を結線し終え、覚悟を決めたジジがゆっくりと立ち上がる。
「ここはワシに任せて、お主等は先に行け」とニヤリと口元を歪めて告げ、彼は作業台の陰に隠されていた床のハッチを乱暴に蹴り開け、タワーの最下層のさらに底へと続く、真っ暗な脱出用シューターの入り口を親指で指し示した。
「ガラクタ屋の最後の大仕事だ。こんな狭い店で、若い連中を道連れにしてたまるかってんだ」
ただ静かに、しかしどこか晴れやかな笑みを浮かべながらそう言った。
彼が自らの命と引き換えに、強固な包囲網を力ずくで破るつもりであることは、その背中を見ただけで誰の目にも明らかだった。
ナオとマキ、そしてサツキが、悲痛な表情でシューターの奥へと次々に身を投じていく。
俺は深く息を吐き出し、溶接されたばかりの重い鉄の右腕を軋ませながら、シューターの縁に立ってジジの広い背中へと声をかけた。
「……ギル」
半世紀ぶりに口にしたその名前に、起爆装置を握るジジの肩が微かに揺れる。
俺は隣に立つウェスの右肩に手を置き言葉を紡いだ。
「ウェス。彼の名はギルバード・ギグスだ」
「……ギルバード……ギグス……」
ウェスがその名を、自身の魂に刻み込むようにしっかりと反芻する。
ジジは照れ隠しのように強く鼻を鳴らした。
「ケッ、今更そんなカビの生えた古い名前を呼びやがって。いいから、さっさと行きやがれ」
悪態をつきながらも、ジジの横顔はどこか誇らしげに口角を上げていた。
その不器用で、しかし途方もなく温かい別れの言葉を最後に、俺とウェスはシューターの暗闇の中へとその身を滑り込ませた。
シューターの重い防爆ハッチが閉まる直前、俺の視界の端で、ジジが起爆スイッチのセーフティを親指で跳ね上げるのがはっきりと見えた。
要塞の周囲を取り囲んでいるイライアスの統率する治安維持軍と、周囲に配置された無数の粛清部隊のドローンは、この建物の構造強度、熱伝導率、そして気圧の変化をすべて緻密に計算し尽くし、逃げ場のない完璧な包囲網を敷いていた。
彼らの計算上、この密室からの形ある物質としての突破は現実の物理法則において不可能であるという予測がされていたはずだ。
だが、ジジがガラクタの山の奥深くに長年隠し持っていたのは、都市の管理網の予測データには一切存在しない、極めて原始的で泥臭い旧式の黒色火薬だった。
高度な電子制御を持たず、ただ燃焼し、膨張するだけの極めて単純な破壊の粉。
空気が薄くなったこの区画であっても、火薬そのものが持つ酸化剤によって燃焼は可能だ。
体制側の完璧な論理の隙を突く、時代遅れの職人による意地の反撃。
ジジの太い指が、ためらうことなく起爆スイッチを力強く押し込んだ。
次の瞬間、腹の底を激しく抉るような凄まじい轟音が響き渡り、予測不能な強烈な物理的衝撃と莫大な爆燃が、タワーの最下層全体を大きく揺るがした。
計算で完璧に導き出された防壁など一切意味をなさない、すべてを押し潰すような熱と膨張の暴力。
火薬の爆発は分厚い要塞の壁を内側から木っ端微塵に吹き飛ばし、周囲の酸素を操作していた外部システムごと、無数の粛清部隊のドローンを一瞬にして黒焦げのスクラップへと変えていく。
暗いシューターの中を猛スピードで滑り落ちながら、ウェスはその爆燃の強烈な熱風を背中で確かに受け止めていた。
ギルバード・ギグスという一人の男の、不器用で泥臭い、しかし誰よりも気高い散り様。
それは、どれほど高度なシステムであっても決して計算しきれない「予測できない人間の意志の力」として、彼の心臓の奥深くに深く刻み込まれた。
誰にも逆らうことの許されない強固な計算で支配されたこの狂った世界の中で、最後まで自らの信念を持ったまま死んでいった老兵の誇り。
その意志は、確かに次の世代へと受け継がれたのだ。
やがてシューターの出口から放り出され、俺たちはタワーの基部を支える広大な地下空間へと無事に着地した。
上空を見上げれば、燃え盛る要塞の残骸が、暗いタワーの底で赤々と炎を上げ、崩れ落ちていくのが見える。
友の命と引き換えにこじ開けられた、後戻りの許されない決戦への道。
俺は深く焼け焦げた右腕の拡張リグを動かし、その無骨な鉄の重量をしっかりと全身で確かめるように立ち上がった。
ウェスもまた、涙の痕が乾いた泥だらけの顔を上げ、腰の端末をしっかりと握り締める。
燃え盛る友の葬火を背に、俺たちは並んで前を向いた。
目指すは、この空間のさらに奥深く、タワーの真の心臓部である基幹炉『塔中枢』だ。
あの日から止まったままだった時間が、今、途方もないエネルギーを持って動き始めようとしている。
失われたギルの覚悟と祈りを胸に、誰にも逆らうことの許されない強固な論理を破壊するための最後の歩みが、重い足音と共に静かに始まった。
決戦への鼓動が、かつてなく高く、激しく鳴り響いていた。




