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要塞内の空気が徐々に薄れていく。
気圧の低下によって耳の奥が詰まるような不快感が続く中、俺は決断を下す。
肩の関節から先が砂状になって崩れ去った右腕は、もはや一切の駆動を喪失し、ただの重しとしてぶら下がっているだけだ。
防壁の向こう側には、イライアスの統率する感情を排した無数の防衛ドローンが待ち構えている。
この逃げ場のない包囲網を強行突破するためには、失った右腕に代わる莫大なトルクがどうしても必要になる。
「サツキ。ジジ。あの作業台にある外部拡張リグを、俺の右腕に直付けしろ」
俺は乱れる息を整えながら、部屋の隅に無造作に置かれていた無骨な鉄の腕を指差す。
それは本来、重機に接続して瓦礫の撤去などに使う、工業用の大型パーツだ。
人工筋肉による生体駆動が不可能になった以上、俺の右腕に残るマウントフレームを補強し、強引に土台としてマウントするしかない。だが、そんな無骨な金属の塊を直接溶接するなど、およそ正気の沙汰ではない。
だが、イライアスの敷いた緻密な包囲網を破るには、奴の予測データに含まれない規格外の力で立ち塞がる壁を抉じ開けるしかない。
サツキが算出した約二時間というタイムリミットが、俺たちの背中を容赦なく押し出している。
「馬鹿なことを言わないで! 今のカイトの構造材は、熱負荷でもうボロボロに脆くなっているのよ!」
サツキが血相を変え、俺の肩を掴んで叫んだ。
タイラントグレードとの死闘で酷使された俺の肩のマウントは、限界の温度を超えたことでミクロレベルのひび割れが無数に走っている。
そんな重い金属塊を直接溶接してマウントすれば、接合部が駆動の反動に耐えきれず、肩ごと千切れ飛ぶと彼女は警告する。
医者である彼女の指摘は、完全に正しい。
だが、そのリスクを呑まなければ、ここで全員がゆっくりと息絶えるのを待つだけだ。
「俺の体が壊れるのが先か、イライアスの防壁を打ち砕くのが先か。それだけの話だ。やってくれ」
俺の言葉に、サツキは強く唇を噛み締め、やがて諦めたように医療キットを開く。
神経系と生体組織の繊細な接続はサツキが担う。
そして、純粋な機械部品の接合とマウントフレームへのアーク溶接はジジが受け持つ。
人間と機械の境界を歩んできた俺の身体だからこそ成立する、前代未聞の協同手術が急ピッチで幕を開ける。
「……あとで後悔しても知らないからね」
「ワシはワシで準備に取り掛かるとするかの」
ジジは使えそうな部材を一つ一つ選別しながら準備を進める。
そして、棚の奥から一枚の古びたデータディスクを取り出し、壁際で荒い息を吐くウェスへと乱暴に投げ渡した。
「おい若造。そいつはお前が持っとけ」
床に転がったディスクを、ウェスが荒い息を吐きながら震える手で拾い上げる。
「あいつが五十年前、ワシの店に置いていった呪いの遺物だ」
「遺物……?」
ジジの言葉に、俺は五十年前の記憶を僅かに呼び覚ます。
それはかつて、俺自身が絶望と共に書き上げ、そして未完のまま封印せざるを得なかったものだ。
それを起動させることは、都市の機能を完全に崩壊させるリスクを伴う。
だからこそ、俺はずっと決断できず、このスラムの奥底にそのデータを眠らせてきた。
ウェスは自らの端末にその古いディスクを挿入した。
生存可能な約二時間の猶予が、刻一刻と、だが確実に失われていく。
全員の呼吸が浅くなり、少し動くだけでも激しい動悸に見舞われる中、ウェスは充血した目で画面を睨みつけ、急ピッチでデータの解析を進めた。
サツキが俺の死んだ右腕の付け根に太い注射針を突き立て、《珪素キレート剤》を流し込む。
シリコン状に変質し、脆く砂のように崩れかけていた人工筋肉の残骸が、劇薬の作用で瞬く間に流動化する。
細胞と金属が無理やり再結合を果たす過程で、肉を直接引き裂かれるような強烈な痛みが走る。
俺は額に冷や汗を滲ませながら、ただ歯を食いしばってその痛みに耐え続けた。
ジジが溶接機を手に取りながら、床にうずくまり息を切らしているナオやウェスを一瞥する。
イライアスの包囲網によって区画内の空気が徐々に奪われ、肺が焼け付くような息苦しさが要塞内を支配し始めている。
誰もが顔をしかめるその状況で、ジジだけは不敵な笑みを浮かべ強がりを言う。
「溶接ってのは酸化を防ぐためのシールドガスが必須だ。だが、外の鉄屑共がご丁寧に酸素を抜いてくれたおかげで、シールドなんて要らねぇ、好都合じゃな」
ジジが巨大なリグの接合部を俺の右腕のマウントフレームに直接押し当て、溶接機のトリガーを引く。
バチィィッ!という強烈な閃光とアーク放電が、薄暗い部屋の壁に俺たちの影を焼き付ける。
薄れゆく空気の中で、ジジは酸素という不純物がない完璧な環境を利用し、俺のフレームを補強しながら溶接を施していく。
周辺の肉を直接焦がされ、神経が焼き切れるような常軌を逸した激痛。
そして同時に押し寄せる、限界に達しつつある酸欠の苦しみ。
俺は視界を白く明滅させながら、奥歯を噛み砕くほどの力で絶叫を飲み込んだ。
「終わったぞ、クソ野郎! 動かしてみやがれ!」
ジジの怒号と共に火花が止む。
俺は焼け焦げた右腕に意識を集中させ、重い鉄の塊に直接命令を下す。
ガシュン……という重厚な駆動音と共に、人間の肉体では制御不可能なはずの巨大なリグが、確かな重さを伴って軋みを上げる。
その異様な姿を見届けたジジは、満足げに一度だけ頷く。
閉ざされた薄暗い機械の墓場の中で、俺たちの最後の反撃の狼煙が上がろうとしている。




