47
焦燥、無力感、後悔、怨嗟、怒り……。俺の心を埋め尽くす負の感情はそのすべてが過去への執着だった。
そして、抗うことのできないと分っている相手に対して必死に抗うウェスの姿に心を揺さぶられた俺に再び灯った未来への希望。
それらすべてを解き放つ。
全身の駆動と体重を乗せた右腕のインパクト・パイル。そのチャンバー内で、装填された使い捨ての鋭角型コア、直径40ミリ、全長300ミリのオスミウム・タングステン合金がその時を待っていた。
第一段階、シリンダー内のμセルが、意図的な情報の崩壊によって液体から気体へと瞬間的に相転移を起こす。
熱力学的な損失がほぼゼロに近い状態で封入されたポテンシャルエネルギーが全て運動エネルギーに変換される。
シリンダー内部圧力が瞬時に臨界点を突破。
相転移の波そのものがオスミウム・タングステン合金の底面を叩く。
第二段階、強化外骨格の全予備電力が、レニウム鋼で構成されたフレームへと一気に流し込まれる。
フレームそのものが巨大な電磁コイルと化し、強烈な磁場がオスミウムのコアに誘導電流を発生させる。
ローレンツ力による指数関数的な加速。全元素中最高の密度を誇る質量が、空気抵抗による減速を一切許さずに虚空を抉る。
そして、第三段階。
パイルコアが音速に到達した瞬間、鋭利なスパイク形状の先端で発生した衝撃波が、後続のコア本体を追い越す。
その圧力差が杭をさらに前方へと吸い込むようにショック・インダクションさせる。
三段階加速機構の推力をすべてを乗せ、450KJの運動エネルギーを伴ったパイルコアが、アリサワの胸の奥にある核へと迫る。
激しい断熱圧縮によりコア周囲の大気温度は瞬時に摂氏数千度に達し、空気がプラズマ化して淡い発光を放つ。
水蒸気が凝縮したヴェイパーコーンが、ソニックブームと共に俺の右拳の先に射出されたパイルコアを取り巻く。
群がるナノマシンが必死にそれを防ごうとするが、ナノマシンの反発力など物資の運動エネルギーの前では無力だった。
パイルコアの直接接触より遥か前方に展開する衝撃波の圧力とプラズマの電磁パルスの直撃を受ける。
ナノマシンの分子結合(シリコンおよび金属構造)は、この過剰な動的荷重に耐えきれず、自壊。
衝撃波の軌道に沿って、灰色の塵となって文字通り崩壊・消滅していく。
さらに、それを突き放すようにパイルコアは与えられた推力を維持したまま突き進む――――
音速を超える速度を与えられたパイルコアに対し、人間の反応速度を超えた速さでアリサワは表面をナノマシンで覆った両腕を防御に回す。
だが、その両腕にパイルコアが触れた瞬間、着弾点にかかる圧力が、パイルコアとアリサワのナノマシン装甲双方の金属の降伏応力を遥かに超越する。
硬い強靭な合金であるはずのナノマシンの集合体は、衝突エネルギーの集中により、融点に達する前に水のように激しくうねる液体として振る舞い始める。
コアの先端がアリサワの腕を削りながら、水面に小石を投げ込んだかのように、同心円状の金属の波紋を形成していく。
パイルコアは運動エネルギーを保持したまま、アリサワの腕を突き抜け、胸の奥にある核へと肉薄する。
ドォォォォンッ、という遅れてやってきた腹の底を揺らす凄まじい衝撃波が、密閉されたタワーの通路に爆発して広がる。
膨張した大気が目に見えるほどの壁となって通路を駆け抜け、後方にいたウェスの身体を宙へと跳ね上げる。あわや強固な隔壁に叩きつけられるかという寸前で衝撃の余波は減衰したが、ウェスは硬い床を無様に転がり、肺から空気を絞り出して激しくむせ返った。
着弾の瞬間、タングステン・カーバイドの被膜が自己崩壊を防ぎ、莫大なエネルギーを一点へと集中させた。
超高密度質量の直撃による運動エネルギーが、アリサワのタイラント・グレードの肉体を構成するマクロ構造を一瞬で粉砕する。同時に、断熱圧縮によって生じた超高温のプラズマが、崩壊したナノマシンの群れを分子レベルで焼き尽くしていく。
強固な細胞固定技術すらも、修復プロトコルが起動する前に共有結合を焼き切られ、抵抗する暇も与えられずに次々と気化していった。
すべてを押し潰すような熱と衝撃の奔流の中、アリサワの肉体がまるで薄い紙のように端からボロボロと崩れ去っていく。
かつて都市で誰にも逆らうことの許されない力を持っていたはずの彼の表情に死の恐怖や絶望は微塵も浮かんでいなかった。
「……フフッ、今だに私をトニーと呼んでくれるとはな……。いや、驚いたよ……カイト。君が私にぶつけるのは純粋な怒りや悲しみのような負の感情だと思っていた……。ただ、結果は私の計算どおりだ」
崩壊の最中、アリサワは俺を見つめ、どこまでも穏やかで満ち足りたような笑みを浮かべた。
「計算どおりだと?」
「ああ、計算どおりだとも。だが少しだけ予測を上回っていたようだな。そうか、これが悔しいという気持ちなのか……フフフ、面白い」
「いったい何を企んで……」
「あとは、君が……これは違うな……まあ、あとはイライアス君に気を付けたまえ……」
アリサワの言葉が途切れた直後、彼の肉体は着ていた耐熱服ごと完全に崩壊し、微細な塵となって熱風の中に消え去った。
112年という途方もない時間を経て、ついに俺は、すべてを奪った元凶である男をこの手で完全に打倒したのだ。
だが、その勝利の代償はあまりにも重すぎた。
アリサワが塵となって消えた直後、俺の右腕の内部から、ジャリ……という乾いた嫌な音が響いた。
極限の反動と熱に耐えきれなくなった熱耐性格子から漏出したケイ素系冷却液が固化し、その媒体の役割を終えて砂状に崩れ落ち始めたのだ。
肩口から指先まで機能が死滅し、ただ重いだけの右腕がだらりと垂れ下がる。
激痛すらも通り越し、存在そのものが俺の感覚から完全に抜け落ちていた。
「ハァ……ハァ……っ」
俺は壁に背を預け、崩れ落ちそうになる体を必死に支えながら荒い息を吐き出した。
ウェスが信じられないものを見るような目で、塵となったアリサワの跡と、未だに熱を放つ俺の右腕を交互に見つめている。
最大の復讐を果たした。
もう、背負い続けてきた過去の亡霊に囚われることはない。
そう思った安堵の息を吐き出そうとした、その矢先のことだった。
突如として、タワー内部の照明がすべて不気味なほど冷たく澄んだ青色へと切り替わった。
先ほどまでの激闘の余韻を冷水で無理やり消し去るような、一切の感情を排した深く決して覆ることのない静寂が空間を支配する。
俺の背筋に、アリサワと対峙した時以上の、底知れない重い絶望の予感が走った。
字下げ修正しました。




