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煙がゆっくりと晴れていく中、そこに立つ男のシルエットが明確な輪郭を帯びていく。
先ほどまでの光の粒子で構成されたホログラムではない。床材に沈み込むような確かな重さと、周囲の空気を歪ませるほどの高密度の熱を放つ、すべてを押し潰すような重い質量。
アンソニー・アリサワが、かつての全盛期の姿のまま、生身の肉体としてそこに立っていた。
彼が纏うスーツの下には、失われた最高峰の細胞固定技術を施された肉体が隠されている。
ただそこにいるだけで、空間の圧力が数段跳ね上がったかのような錯覚を覚えた。
俺の全身の人工筋繊維が、本能が警鐘を鳴らすように低く軋む。
だが、俺からすべてを奪った元凶が、目の前に居るのだ。
悲しみ、怒り、後悔、そして微かな希望、それらが入り混じった感情が本能を抑え込む。
「……ずいぶんと乱暴なノックの仕方だね。だが、おかげで目が覚めたよ」
アリサワが優雅に首を鳴らすと、ゴキリという生々しい骨の摩擦音が通路に響き渡った。
「ホログラムの後ろに隠れてるだけの臆病者じゃなかったのか」
ウェスが身構えながら低く唸るように言葉を吐き捨てる。
アリサワは微かに口角を上げ、俺たちを見下ろすように静かに歩み寄ってくる。
その足取りには、警戒や緊張といった揺らぎが一切存在していない。
「臆病? 君たちはまだ分かっていないようだな。私が先に言った通り、君たちが私の予測を上回る結果を見せてくれたからだ。直接観測するに値するものなど久しぶりだ……ただ、どうやら良からぬことを画策していた者の協力もあったようだがね」
アリサワの瞳には、かつて俺たちと共に都市を設計した時に見せた情熱は微塵も残っていない。
そこにあるのは、純粋な好奇心だけで他者の生と死を弄ぶ、ただ結果のみを求める観測者の眼差しだった。
「協力?」
俺は思わず聞き返していた。
「イライアス君だよ。……もしかして気付いていないのか?あれだけ親交のあった君達なのに、彼もかわいそうなものだ」
共に未来を語った旧友の名を告げられると、心臓が嫌な音を立てて跳ねた。
「まさか、イライアスが……?」
「今でも彼はこの都市の管理者の一人であることに変わりはないが、私には私なりの矜持があるように、彼には彼なりの理想があるのだろう。予測はしていたが、その理想のために君に協力したようだね。私の持つ権限に触れない範囲でうまく考えたものだ。ただ、全く外部の者を招くようなことは感心できないがね」
「たとえイライアスが何をしようとも、アリサワ、あなたがやったことを許すつもりはない!」
「ああ。許してもらおうとは思っていない。再起した君のその壁を一直線に打ち破る暴力。あの日の出来事が君を変えたようだ。 素晴らしい、私が望んだとおりの展開だ。やはり君たちのような変動要素がないことには、この都市は停滞し続け、死んだも同然のものだ」
一世紀以上もの間、数え切れないほどの人間が死に絶え、今なお生きる者たちから尊厳を奪い続けている巨大な悲劇。
激しい怒りと共に熱耐性格子で処理しきれない熱が立ち昇り始めた俺をウェスが遮る。
「ふざけるな……! あんたがその展開とやらを求めるせいで、どれだけの命が……!」
ウェスは激昂し、アリサワへ向けて鋭い声を叩きつける。
しかし、アリサワはそんな少年の怒りを、極めて価値のある観察対象を愛でるような目で一瞥した。
「命? ずいぶんと感情に振り回される不安定な代物だね。だが、領主連合が自ら選択したその短い『設計寿命』こそが、最も効率よく感情を圧縮し、μセルへの高位エネルギー蓄積効率を極限まで高める装置になったのだよ」
アリサワがウェスに向かって、酷薄な笑みを浮かべながら語りかける。
「様々な経験を得た人間が次第に感情の高ぶりを失っていくというのに、永遠の命など与えれば、人間の感情はすぐに停滞し、摩耗する。四十歳で死を迎えるという恐怖があるからこそ、人間は這い上がろうと足掻き、強い絶望と欲望を放つ。そう考えたからこそ、私は連中が下した決断を否定せず、承認したのだよ。少年、君のその剥き出しの怒りもまた、この『揺りかご』が生み出した極上のエネルギーの一つだ」
それは、死の恐怖に怯え続けてきた下層の人間にとって、自らの人生そのものをただの燃料として全否定されるに等しい残酷な宣告だった。
だが、ウェスは一歩も退かなかった。
彼の左腕でオレンジ色に明滅する寿命計の光は、彼自身の確かな意志を示すように力強く脈打っている。
「……俺の命も怒りも、あんたの計算式を回すための燃料じゃない。俺が自分の足で進んで、生きた証だ!」
ウェスの声には、かつての焦燥は微塵もない。
俺の隣で、彼はただ前だけを見据えていた。
「……そうか。ならば、その短い寿命の残りを、私への恨みと共にここで燃やし尽くしてみせてくれ」
アリサワの目が細められ、彼の周囲の空気が急速に冷却されていく。
それは、彼が自らの肉体の出力を極限まで高めようとしている明らかな現象だった。
「退がってろ、ウェス。こいつは、俺の過去だ」
俺はウェスを背後に庇うように一歩前に踏み出し、右腕の撃鉄を完全に起こした。
途方もない時間を経て、ついに元凶であるかつての仲間と直接対峙する時が来た。
抗うことのできない力を持つ世界のルールそのものに等しい存在を前にしても、俺の心は臆することさえも許さない様々な感情で満たされていた。




