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目の前に立ち塞がる壁は、寸分の隙もなく通路を完全に塞ぎ切っていた。
ウェスが端末を叩いて構造を解析しようとするが、タワーの内部データはアリサワの暗号化によって完全にブラックボックス化され、通常のハッキングでは現在地すら掴めない。
「だめだ。通路がブロックパズルのように動き続けてる。正解のルートなんて存在しないぞ」
ウェスが苛立ちと共に壁を叩く。
だが、静止した空間の中で、俺の肌はある僅かな変化を感じ取っていた。
首筋を撫でるような、ごく微細な空気の流れ。
俺はその風の流れる先、天井の隅にある監視カメラの死角と、壁面の結合部がわずかに薄くなっている箇所へと視線を向ける。
アリサワが構築した隙のない防壁の中に見出した、ごく僅かな「ほころび」。
俺はその綻び――壁の脆い接合部へパイルの照準を合わせる。
「退いてろ、ウェス。迷路遊びに付き合う気はない」
俺は深く息を吸い込み、右腕の撃鉄を落とした。
ドンッ、という凄まじい衝撃音と共に、インパクト・パイルが壁の接合部を粉砕する。
耐熱服の隙間から火花が散り、鋼鉄の破片がパラパラと床に崩れ落ちた。
アリサワが用意した悪趣味な障害物競争など、最初からするつもりはなかった。
方角さえ分かれば、あとはブチ抜くだけだ。
隔壁に大きな亀裂が走り、その向こう側の通路が姿を現す。
俺はひしゃげた壁の隙間を無理やり押し広げ、次の区画へと強引に足を踏み入れた。
壁を突き破るたびに、タワーの防衛システムがけたたましい警報を鳴らす。
無数の防衛ドローンが展開され、通路の奥から赤い照準レーザーが俺たちを捉えた。
「無茶苦茶すぎるだろ! これじゃただの力業だ!」
ウェスが叫びながら、ドローンの制御系へ即興のノイズを流し込む。
コンマ数秒のラグが生じた隙を突き、俺はドローンの装甲にリグによる一撃を叩き込んでスクラップへと変える。
リグからは過剰な摩擦熱が立ち昇り、肉体への熱伝導は熱耐性格子によってなんとか堪えている。
迷路をショートカットして壁を一直線に破壊し続けるこの戦法は、アリサワの計算を完全に無視した暴力だった。
気流が示す弱点を探し、撃ち抜き、進む。
その単調で単純な破壊の連続が、緻密に構築された障害を少しずつ崩壊させていく。
次の隔壁をパイルで抉じ開けようとした瞬間だった。
足元の床が大きく揺れ、タワー全体を下から突き上げるような鈍い振動が響いた。
それと同時に、赤い警報ランプの点滅が不規則になり、タワー全体の稼働音が異様な悲鳴を上げ始める。
「おい、なんだこの振動は。下層のエネルギー炉の出力が異常に跳ね上がってるぞ!」
ウェスが端末の画面を見て顔を青ざめさせる。
タワーの下層で何かが爆発するような大きな衝撃があったようだ。
基礎を損壊するような爆破、あるいは炉へ直に触れるような干渉が、タワー全体のエネルギーバランスを根底から揺るがしている。
俺の身体の熱暴走などとは次元が違う、都市そのものを焼き尽くしかねない莫大な熱の暴走。
冷静沈着に緻密な計算を自負するアリサワにとっても、これは想定外の事態のはずだ。
タワーの保護プロトコルが作動し、これまでの障害物であった隔壁は元の位置に戻るのと入れ替わるように、重い防爆シャッターが次々と降りていく。
複数回の轟音の後に続くように排気ダクトから莫大な白煙が噴き出し、通路全体が視界の利かないほどの濃い煙に包まれた。
白煙が渦巻く中、タワーの制御システムは一時的に機能を停止した。
ウェスの荒い息遣いだけが響く静寂。
だが、その白煙の向こう側から、一つの影がゆっくりと現れる。
もはやホログラムではない。床材を踏みしめる重い足音、空間そのものを歪ませるようなすべてを押し潰す重い質量の気配。
煙が晴れた先、そこにはアンソニー・アリサワが立っていた。




