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深い泥水の中から水面へと力任せに引きずり上げられるような、ひどく強烈で乱暴な浮遊感。
無音だった仮想空間の景色が真っ白な閃光と共に砕け散り、俺たちの意識は重力と摩擦の存在する騒がしい現実世界へと、凄まじい速度で引き戻されていった。
強烈な電気信号の逆流が俺の脊髄を激しく駆け下り、次の瞬間、鼓膜を容赦なく叩き据えたのは、処置室の放つひどく耳障りで生々しい機械の稼働音だった。
俺の目の前に並ぶカプセルの中心で、培養液に浸かっていたウェスが突突如として激しくむせ返り、苦しげに大量の液体を咳き込んで吐き出す。
大きく肩を上下させて必死に空気を肺へと送り込もうとする、彼の不格好で生々しい呼吸の音。
それは、彼の意識がシオンの極楽から、この痛みに満ちた不完全な現実の肉体へと無事に帰還を果たした何よりの証拠だった。
俺はこめかみに深く食い込んでいたダイブ用のヘッドギアを乱暴に引き剥がし、冷たい床へと放り捨てた。
仮想の無音の世界から切り離された途端、俺の肉体はひどく生々しい痛みの信号と異常な高熱を、休むことなく周囲へと放ち始めている。
自らの意志で引き起こした熱暴走によって過剰に負荷のかかった全身を庇いながら、俺は冷たい壁に背を預け、大きく肩で息を吐き出した。
肺に吸い込む空気はひどく乾燥しており、この息苦しいほどの空気の摩擦と、体を容赦なく床へと縛り付ける不自由な重力の手応え。仮想の極楽には決して存在しないその不規則で生々しい苦痛こそが、俺たちがシオンの論理を打ち破り、確かに現実世界へと生生還したのだという強い実感を全身に刻み込んでいた。
カプセルの中でうずくまるウェスは、肺に入り込んだ培養液をすべて吐き出すと、ゆっくりと重い目を開いた。
彼は震える手でカプセルの縁を強く握りしめると、壁際で凄まじい熱と異音を放ちながら荒い息をつく俺の方へと、ゆっくり視線を向けた。
俺の全身から噴き出す汗と、皮膚を焼くような強烈な熱量。
俺の酷い姿をまじまじと見つめていたウェスの目から、やがて大粒の涙がぼろぼろと零れ落ち始めた。
彼は何かを堪えるように強く唇を噛み締めると、息苦しいほどの重い沈黙を破り、ひどく震えるかすれた声で言葉を絞り出した。
「カイト……俺……ずっと、馬鹿な勘違いをして……」
ウェスの震える唇の端から、透明な培養液の雫がぽたりと冷たい床へと落ちる。
「……見たんだ。仮想空間で、他人の記憶の波に呑まれかけた時……無数のデータに混じって、あんたの過去が」
「街が燃えて……システムに閉じ込められた家族が泣き叫んでて……。あれがただの幻なんかじゃないって、繋いだ手から伝わってくる熱で、はっきりとわかった……!」
彼はひどく泣き崩れそうな顔で俺を見つめ、カプセルの縁を握る手にギリギリと強い力を込める。
「俺、自分が何も知らないくせに……ずっと一人であんなことを背負ってきたあんたに、ひどいことを……!」
その瞳の奥には、俺に対する強い申し訳なさや、自分自身の浅はかさに対する激しい自責の念が痛いほどに渦巻いていた。
だが、何も知らないこの若者に罪など一つもない。
この息苦しい檻の中で、彼らはただ懸命に生き延びようともがいていただけなのだ。
彼がこれ以上、自分自身を責め続ける必要などどこにもない。俺の背負う重い過去のトラウマは、彼ら若者がこれから先へ背負うべきものでは決してないのだから。
その後悔に満ちたひどくかすれた謝罪の言葉を、俺はわざとらしく鼻で笑って静かに遮った。
言葉など今は不要だ。彼のその不器用な表情と、俺を見つめる真っ直ぐで強い意志の篭った眼差しだけで、彼の中に生まれた確かな心情の変化は痛いほど伝わってきている。
「勘違いでも何でも構わないさ。お前がこうして生きて、現実の俺の前にいるならな」
限界を迎えた喉から絞り出される、ひどく掠れた不格好な声。
他者の記憶に混じって自らの過去が彼に伝わってしまっていたことに内心の焦りを覚えつつも、俺は彼を少しも責めてなどいないことを伝えるため、不器用に笑いかけた。
その言葉を聞いたウェスは、張り詰めていた緊張の糸が切れたように大きく息を吐き出し、静かに目を伏せた。彼の中に渦巻いていた複雑な感情が、俺の言葉によってゆっくりと溶け出し、安堵の涙へと変わっていくのを感じる。
俺たちの間に穏やかな空気が流れ始めたその時、施設全体にけたたましい警報のノイズが赤く鳴り響き始めた。
重い扉の向こう側から、都市の治安維持部隊のものと思われる荒々しい足音と、武器が擦れ合う冷たい金属音が急激に迫ってくる。
システムへの強引な干渉に伴う熱暴走で、この施設そのものが崩壊するのももはや時間の問題だ。
俺は冷たい壁に手をつき、自力で立ち上がろうと重い脚に力を込める。
しかし、膝がひどく軋みを上げて崩れ落ちそうになったその瞬間だった。
横から差し出されたひどく不格好な腕が、俺の熱を持った体を下からしっかりと力強く支え止める。
「あんたにばかり、ずっと格好つけさせてたまるかよ……っ!」
それは、死の淵から生還したばかりで、まだひどく顔色の悪いウェスだった。
彼は自身の痛みを堪えるように歯を食いしばりながら、俺のリグの下に肩を潜り込ませ、二人分の重い体重を必死に支えようとしている。
「……生意気なガキだ」
俺は彼の不器用な気遣いに口元を微かに緩め、血に汚れた手で彼の細い肩をしっかりと掴み返した。
警報が鳴り響く崩壊寸前の施設の中、俺たちは互いの熱を帯びた生命力と痛みを確かに感じ合いながら、騒がしい現実の通路へと二人で重い足を踏み出した。




