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ジャックの狂乱が残した硝煙と、砕けたコンクリートの粉が漂う中、施設の最奥部はひどく冷たい空気に包まれていた。
崩壊を免れた無傷の処置室。そこに整然と並ぶ無数のカプセル群の中心で、俺は探していたウェスの姿をようやく発見する。
太いデータケーブルに全身を繋がれ、培養液の中で静かに眠りについているウェス。
ガラス越しに見える彼の表情には苦痛の色は一切なく、まるで生まれる前の赤子のように穏やかだった。
その光景に、俺の胸の奥で重い鉛のような後悔が鈍く沈み込む。
彼が背負っていた、四十年という極端に短い寿命から来る焦燥感も、生きるための必死な生命力も、そこからはまったく感じ取ることができない。
カプセルの側面に備え付けられ、規則的な電子音を静かに刻むバイタルモニター。
だが、その数値が示しているのは彼の生存の証ではなく、すでに意識活動の大半が別の場所へと吸い上げられているという感情を交えない事実だった。
俺は軋む足を引きずり、重い金属の手で分厚いガラスの表面にそっと触れる。
伝わってくるのは、温もりなど微塵もない、保存に必要な冷却温度だけなのだ。
俺はカプセルの制御盤に重い手を伸ばし、強制排出の緊急レバーを力任せに引き下げようと試みる。
だがその直後、背後の壁を覆い尽くすほどの巨大なモニターがまばゆい光を放ち、俺の動作を強引に制止させた。
ノイズの走る画面に浮かび上がる、透き通るような白い肌を持った十五歳の少女の姿。
下層の若者たちを熱狂させ、人々から生きるための活力を奪い取ってきた元凶である聖女シオンが、そこから温度を感じさせない眼差しを下ろしている。
「無駄な足掻きです。彼の意識のアップロードは、すでに完了しました」
一切の感情の起伏がない、機械的に合成された無機質な声。
その無慈悲な宣告と同時に、ウェスを繋いでいた太いケーブルの束が淡い光を帯び、すべての処理が終了したことを示していた。
彼の意識は今、現実の肉体を完全に離れ、シオンの支配する仮想の情報の海へとアップロードされてしまったのだ。
今ここで力ずくでケーブルを引き抜くという暴挙は、接続エラーによる修復の利かない脳の破壊を意味している。
技術の土台を知る俺にとって、それはウェスの命を直接絶つことに等しいという決して抗うことのできない事実が、右腕の筋肉をきつく硬直させるのだ。
施設の巨大なメインサーバーを破壊したところで、すでに仮想空間へと移行してしまったウェスの自我を現実へと戻すことはできない。
俺の腕力や、どれほど強大な武器を使った救出手段も、ここですべて完全に失われてしまったのだ。
システムに深く呑み込まれた命を、外側から力任せにこじ開けることは構造上、完全に不可能だった。
残された手段はただ一つ。俺自身がこの施設のダイブ装置を使用し、自らの意識を直接システムの中枢へと繋ぎ込むことだけだった。
俺は隣の空のカプセルに備え付けられている、ダイブ用のヘッドギアへとゆっくりと手を伸ばす。
無機質な樹脂の装具から伝わってくる、氷のように冷たくて重い感触。
その冷たい生体電極を直接こめかみへと押し当てれば、俺の意識は重い肉体から切り離され、シオンが完全に支配する論理の世界へと強制的に移行することになる。
肉体という強固な防御壁を持たない仮想の空間では、システム側が圧倒的な権限を握る。
もしそこで彼女の計算によって自我を崩壊させられれば、現実の俺の体もただの物言わぬ肉の塊と化してしまうのだ。
己の脳を直接システムに接続し、無防備な意識を底知れぬ情報の深淵へと晒すこと。
それはかつて多くの人間が自我をすり潰され、人間らしさを完全に失っていった残酷な歴史を知る俺が、「人として」長年決して手を出してはならない禁忌としてきた領域だった。
すべてを情報へと変換し、肉体の痛みから逃れることの代償はあまりにも大きい。
体温や摩擦の手応えを持たない無菌の世界に依存すれば、やがて人は他者の命の重さすらも、ただの軽いデータとしてしか感じられなくなってしまうのだ。
だが、その強固な禁忌のラインを今踏み越えることに、俺の心にはいささかの躊躇いもなかった。
激しい戦闘によって装甲の隙間から滴り落ちる赤黒い血。
熱暴走を続ける右腕の重苦しい痛みが、俺が確かにここで呼吸をしているという覚悟を明確に裏付けている。
彼がナオのために自らの命を削ってまで繋ごうとした泥臭い強い意志を、冷たい仮想の虚無の中に置き去りにするわけにはいかない。
シオンの構築した完璧な檻だろうと、俺の重い手応えを持ってすべてを強引にねじ伏せ、必ずウェスを引き戻してみせるのだ。
ジャックが去り、敵の影も完全に消え去った処置室には、冷却システムの機械的な稼働音だけが虚しく響いている。
たった一人、冷たい静寂の中に取り残された俺は、予備カプセルから引きずり出したダイブ用のヘッドギアを両手で強く握りしめた。
肉体を捨ててデータ化されることを激しく拒絶し、これまで一度たりとも被ることのなかった無機質な装具。
その冷たい生体電極を自らのこめかみへと強く押し当て、俺はいっさいの迷いなく接続の起動スイッチを深く押し込んだ。
強烈な電気信号のノイズが脊髄を駆け上がり、目の前の視界が一瞬にして真っ白な閃光へと塗り潰される。
脳髄を直接掴まれ、強大な力によって肉体の外側へと引きずり出されるような、暴力的な喪失感が全身を貫いていく。
限界を迎えた人工筋肉が激しく噴き出していた焼け付くような熱気すらも、急速に遠ざかり完全に遮断されてしまう。
摩擦も、重力も、息をするための空気の抵抗すらも一切存在しない場所。
俺の意識は限界の軋みを上げる肉体を離れ、すべてがデータとして処理される仮想空間の、恐ろしいほどの無音の海へと猛スピードで飛び込んでいった。




