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カプセルが整然と並ぶ無菌室のような通路を、俺はさらに奥へと進んでいく。
足を踏み出すたびに上がる、右腕の駆動部からの不快な摩擦音。
関節の間隙が減少し、金属同士が削れ合うような重い感触が肩から伝わってくるのだ。
ウェスを見つけるための目印は単純だった。
この異常な施設の中で、最も警備が厚い場所を目指せばいい。俺は視界の端の熱源反応を頼りに、隔壁を強引にこじ開けていく。
分厚いパネルがひしゃげる音を立てて歪み、通路の先に露わになる広大な空間。
そこには天井から床までびっしりと並ぶ冷却塔と、それを守るように浮遊する無数の警備ドローンが待ち構えていた。
純白の装甲に包まれた機体群は、寸分の狂いもなく隊列を組んでいる。
呼吸も、疲労も、迷いもない、完璧に統制された動きだ。
ドローンの群れの奥から、床を滑るような足音を立てて現れるマリエル。
彼女の顔には、先ほどと変わらない作り物めいた笑みが張り付いている。
「これ以上の不規則な発熱は、施設の安定性を損ないます」
空間に響く、起伏の一切ない感情を排した声。
彼女がわずかに指先を動かすと、無数の機体が一斉に銃口をこちらへと向けるのだ。
俺は深く息を吸い込み、排熱弁を開いてリグの出力を一気に跳ね上げる。
群がるドローンの先頭機が、光線を放ちながら突進してくる。
俺は腰を沈め、足裏から床へ荷重を逃がして右腕を振り抜く。
鈍い破砕音とともに四散する純白の部品。
重い装甲が外殻を捉え、火花が飛び散り、焦げた樹脂の匂いが鼻を突くのだ。
間髪入れずに死角から迫る二機目。
俺は重心を低く保ったまま上体を捻り、リグのフレームを固めて杭打機を構える。
火薬が炸裂し、重い杭が機体の中心を正確に貫き通す。
内側から構造を物理的に崩壊させる膨大な圧力。砕けた残骸が、雨のように俺のリグへと降り注ぐ。
熱とオイルにまみれながら、俺は次々と襲い来る波を捌いていく。
どれだけ壊しても、彼らは恐怖も躊躇いも見せず無言で距離を詰めてくる。関節の軋みが大きくなり、筋肉から噴き出す熱が腕全体を焼き始める。
その直後だった。
俺の背後にある強固な外壁が、鼓膜を破るような轟音とともに内側へ吹き飛ぶ。
広がる爆炎と、一瞬にしてかき消される無菌の空気。
砕け散ったコンクリートの破片が熱風に乗ってドローンの隊列を薙ぎ払い、その完璧な統制に修復の利かない綻びが生じる。
黒煙の中から、けたたましいエンジン音を響かせて突っ込んでくる不格好な機体。
それは中層の清潔さとは対極にある、油と錆にまみれた鉄の塊だった。
もうもうと立ち込める煙を切り裂き、姿を現すいびつな歩行機械。
装甲の隙間からは冷却液が漏れ出し、稼働限界を超えたモーターが悲鳴のような甲高い音を立てている。
その機体の上に立ち、狂ったような高笑いを上げているのは、異様に拡張された両腕を持つ巨漢。
首元には不規則に脈打つ太いケーブルが直結され、自身の寿命すら燃料として燃やしているのだ。
「ハハハハッ! ここの施設が中層で一番デカい電力と冷却液を溜め込んでるって聞いたからよォ! 息の詰まる綺麗なお城の壁も、案外脆いもんだなァ! 全部俺たちのバッテリーに頂くぜ!」
安全性を完全に無視した、剥き出しの配線や雑に溶接された追加装甲。
サツキから忠告のあった、都市の底辺で暴れ回る違法改造集団に他ならない。
中層が押し付ける極端な秩序を嫌い、ただ壊すことだけを目的とする集団。
稼働音の不規則な乱れから推測するに、彼らが乗る機体もすでに崩壊寸前であることは明白だった。
「おいおい、なんだこの退屈なパーティーは! もっと派手にやらねえと、熱が冷めちまうだろうが!」
空気を切り裂く鋭い音を響かせ、両腕の巨大な回転鋸を起動するジャック。
彼が足元の床を蹴り飛ばすと、装甲の重みに耐えかねたタイルが砕け散る。
暴力の化身が、この一切の感情を持たない空間に異質な熱を持ち込んできたのだ。
ジャックの咆哮とともに、施設内へ雪崩れ込んでくる違法改造された機械たち。
彼らは目に付くものすべてを無差別に破壊し始める。
巨大な冷却塔が切り倒され、滝のように床へ溢れ出す大量の冷却液。
サーバーの配線が引きちぎられ、飛び散る火花が白煙を上げる。
「秩序を乱す害虫ども。直ちに排除します」
マリエルが冷たく言い放ち、俺からジャックたちへと一部変更される警備ドローン部隊の矛先。
白と黒の機体が激突し、金属同士が削り合う不快な音が空間を埋め尽くす。弾丸が飛び交い、壁や床が次々と弾け飛んでいく。
俺は乱戦の隙を突き、ウェスが囚われている奥の区画へと駆け出す。
だが、火花を散らしながら俺の目の前を横切る回転鋸の刃。ジャックが血走った目で俺を睨みつけ、退路を塞いできたのだ。
「逃げんなよ! あんたのその腕、壊し甲斐がありそうだぜ!」
背後からは無傷のドローン部隊が迫り、前方には破壊衝動の塊。
統制された冷たい機械と、自らを燃やし尽くす狂気の暴力が、俺という異物を挟み込むように迫り来るのだ。
右腕のリグをきつく締め直す。
迫る刃を分厚い装甲で受け止めた瞬間に骨格を伝う、凄まじい衝撃。
マリエルの操るドローンを容易く両断していく、ジャックの振るう回転鋸。
彼の攻撃には戦術も目的もない。ただ目の前にある整然としたものを、元の形が分からなくなるまで細かく砕き散らすことだけに異様な熱を注いでいる。
自身の機体の限界すらも完全に無視した、その規格外の出力。
それを支えるように、彼は自身の首のケーブルをさらに深く差し込むのだ。
「もっとだ! もっと壊れろォ!」
バッテリーから出力を強引に吸い上げるような不気味な音が響き、彼の機械脚が限界を超えた速度で跳躍する。
着地の衝撃だけで床のタイルがめくれ上がり、周囲のラック群がドミノ倒しのように崩壊していく。
被害を一切顧みない、その醜く暴力的な蹂躙劇。
それはシステムを完璧に保護しようとするマリエルの計算を大きく狂わせていた。ドローン部隊の迎撃パターンに微細な遅延が生じ、防御の陣形が次々と瓦解していくのが分かる。
俺にとって唯一の突破口となる、この男の理不尽なまでの無秩序。
俺はジャックの攻撃の余波を装甲の傾斜でいなしながら、さらに深く腰を落とす。
靴底の摩擦で床を焦がしながら一気に駆け抜ける、ウェスを救い出すための最短距離。
崩れ落ちる瓦礫の雨を潜り抜け、俺は施設の最奥へと急ぐ。




