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INDEX  作者: クネロ
3/28

02

 廃駅区画を抜けて一時間ほど進んだ先の、地下連絡通路。

 ここは、何層にも積み重なった都市の重みを支えきれなくなった残骸が吹き溜まる、鉄の墓場だ。

 頭上の多層構造から滴り落ちる結露水。それが、腐食して赤茶けた鉄管を叩き続け、カン、カン、という乾いた音が終わりのない葬送曲のように響いている。


 天井からは剥き出しになった建築設備の太い配管。

 それが、まるで内臓をぶちまけた巨大な死骸の血管のように無数に垂れ下がっている。赤錆だけでなく、緑青や黒変した酸化鉄がモザイク状の模様を描き、長い年月の経過を物語っている。


 足元には、鉄筋がひしゃげたまま硬直したコンクリートの塊が至る所に横たわっている。歩行を前提としていないこの区画は、すべての構造が破綻し、無秩序(カオス)を形成していた。


 空気はひどく淀んでいる。

 揮発しきれない古い機械オイルと、下層の居住区から立ち昇るアンモニアやメタンの臭気。それが混ざり合って粘り気を持ち、息を吸い込むたびに鼻の奥にへばりつく。頭上の果てしなく高い場所からは、都市を循環する巨大なタービンの回転音が、低い地鳴りとなって絶え間なく降り注いでいる。


 一歩進むごとに、ブーツの裏で瓦礫の安定性を確かめる。

 崩れやすい足場を避け、身体の重心を慎重に移動させながら暗がりを縫うように歩く。

 肌を撫でる空気の重み、水滴や足音の反響音の変化、そして足裏から伝わってくる床面の僅かな傾斜。そうしたフィードバックの集合体で周囲の空間構造を測る方が、視覚に頼るよりもはるかに確実なのだ。


 右手の壁面に触れると、分厚い結露の水滴とともに、微かな振動が伝わってくる。

 遥か上層で稼働している巨大な環境維持プラントの駆動音だ。その振動の周波数を読み取り、自分が今、都市の構造図のどの座標にいるのかをマッピングしていく。


 道中、崩落箇所を迂回し、錆びついた非常階段をよじ登る。

 外骨格であるリグのモーターが低く唸りを上げ、体重と装備の総重量を強引に引き上げる。関節部のギアが砂を噛んだような音を立てるたび、俺は眉をひそめた。メンテナンスが必要だが、良質なオイルすら下層では貴重品だ。


 やがて、目的の変電設備室へと辿り着いた。

 手動式の重いハンドルを両手で掴み、全体重をかけて押し回す。錆びついたヒンジが金属音を立てて抵抗するが、リグの出力を上げて無理やりこじ開けた。


 扉の向こうに広がるのは、他のスカベンジャーたちが漁り尽くした後のゴミの山だった。焼け焦げた基盤、引きちぎられた太い送電ケーブル、そして端子が焼き切れたμセル(ミュー・セル)の殻が無造作に転がっている。


 下層のスカベンジャーたちが手にしている標準的なハッキング・デバイスを繋げば、これらはすべて「残量ゼロ」というエラーコードを返すだけの代物だ。

 良く知られている抽出手順では、セーフティ・プロトコルが作動し、もはや一ミリワットの電力も引き出すことはできない。完全に死んだ、ただの産業廃棄物。

 だが、俺から見れば、このガラクタの山はまだ完全に熱を失い、冷え切ったわけではないのだ。


 泥とオイルにまみれた家庭用の一般規格セルを一つ、瓦礫の中から拾い上げる。

 外装のシリコン皮膜には細かいひびが無数に入り、接続用の端子部は完全に腐食している。だが、指先がごく僅かな温度差を捉えた。

 周囲の室温よりも、ほんのコンマ数度だけ高い。回路の深部に、システムから隔離されて放出される機会を失った電荷が取り残されている証拠だ。


 腰のポーチから、使い込まれた重みのある装置を取り出す。

 耐熱皮膜はあちこち剥げ、むき出しのタングステン合金がくすんだ輝きを返す。ネットワークに非接続であるため、中央管理の監視の目が一切届かない、旧式バッテリーユニットだ。


「……、ふぅ……」


 深く息を吐き出し、精神を研ぎ澄ます。

 自作の鋭利なピッキングツールを、セルの排熱ポートにある合わせ目へと持っていく。

 肉眼では見えないほどの僅かな隙間。そこは設計上必ず発生する構造材の接合部だ。ツールの先端を噛ませて、手首の角度を微かにひねる。


 ツールを押し込む指先に、強烈な反発力が返ってくる。

 セルの外装に使用されている強化樹脂が侵入を拒んでいるのだ。リグのサーボモーターをトルクを引き上げ、ミリ単位でツールの角度を調整しながら強引にこじ開ける。

 パチン、という硬質な破断音。外装の一部が砕け散り、内部の回路が空気に晒された。


 抽出ユニットのアナログ針が、ピクリと僅かに振れた。

 システム上のプログラムによる制限がどれほど強固でも、部材を破壊して短絡させれば、エネルギーは行き場を失う。

 回路という束縛を力技で解かれた電力。それは瞬時に物質の激しい振動へと姿を変え、相転移(フェイズ・シフト)を引き起こす。


 掌に空気の分子を激しく揺さぶる不規則な振動が伝わってくる。

 蓄積されていた電荷が一気に暴走を始める。バチッ、という鋭い放電音と共に、端子の隙間から青白いアーク放電が空気を切り裂き、俺の革手袋をかすめて焦げ跡を作る。

 一瞬の閃光が薄暗い変電室を照らし出し、冷たい空気に一条の陽炎が立ち昇る。

 鼻を突く強烈なオゾンの臭い。捨てられた廃材から強引に熱を絞り出していく。


 抽出ケーブルを通じ、相転移による熱を電流としてバッテリーユニットへと流し込む。

 内部の蓄電素子が重い唸り声を上げ、筐体の温度が急速に上がっていく。確かなエネルギーの塊が積み上がっていく感触が、リグのケーブルを通じて伝わってくる。

 一個のスクラップから絞り出したこの熱量は、下層の人間が身を粉にしてひと月以上かけて稼ぐ分に近い。もっとも、こんな限界を超えた引き出し方をすれば、セル内部のシリコン構造は完全に融解し二度と使い物にならなくなる。本当の意味での使い捨てだ。


「……、まだ、止まるわけにはいかないな」


 立ち上がると、俺の身体を覆う外骨格――リグのフレームが、暗がりの中で鈍く光を反射した。

 背後の闇から、巨大な都市機能維持機械が吐き出す無機質な排気(ドレイン)。それが生温かい風となって、地下通路を不気味な唸り声とともに吹き抜けていく。


 俺は抜け殻となったセルの残骸を瓦礫の山へと投げ捨てた。コンクリートを叩くカラカラという乾いた音が、重苦しい静寂の中に虚しく響いて消える。


 この光を失った下層都市では、誰かが強引にでもエネルギーを循環させ続けなければ、何も動かない停止状態に飲み込まれてしまうのだ。

 掌に残る、火傷しそうなほどの廃熱の感触。

 それを引きずりながら、俺は再び冷たい湿気が滞留する暗がりへと、重い足取りで歩みを進めた。


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