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そこには、都市の歴史から抹消されたはずの延命技術『フェニックス・プロトコル』の処置を示す特異な配列と、俺自身の古い管理番号が深く刻み込まれていた。過去の俺の罪の証そのものだった。
「……カイト、あんた。これ、ただのシリアルナンバーじゃないわね」
サツキは作業用ライトの細い光束を動かし、その無機質な文字列の並びを何度も確認するように見つめた後、ゆっくりと顔を上げた。
彼女の声は、普段の人を小馬鹿にしたような響きを完全に失い、微かに上ずっていた。長年、体の良い用心棒だと思って診てきた男の内部に、もはや神話としてしか語られない不老の証明が刻まれている。その信じ難い事実に、彼女はただ絶句していた。
「この刻印……百十数年前の量子ショック以前に、ごく一握りの特権階級と最初の設計者たちだけに施された究極の延命措置、『フェニックス・プロトコル』の記録よ。数年診てきたけれど、あんたがそんな化け物だったなんてね」
その言葉が、薄暗く埃っぽい診療所の空気を一瞬にして凍らせた。
サツキの口から淡々と語られる衝撃の事実は、ウェスにとってはあまりにも非現実的で、俄かには理解し難い響きを持っていた。
「最初の、設計者……?」
ウェスが掠れた声を絞り出す。
彼は信じられないものを見るような目で、横たわる俺の巨体とサツキの顔を交互に見比べた。彼の瞳には、到底受け入れられない事実に対する激しい混乱と、得体の知れない恐怖が渦巻いている。
「ええ。フェニックス・プロトコルを受けられるのは、当時の権力者か今のこの残酷な階級社会の土台となる基幹システムを生み出した技術者たちだけよ。この推測が正しければ一世紀以上の時を生きるオリジナル・エンジニア……それが、この男の正体」
サツキは熱耐性格子の焼け焦げた凄惨な跡を指差しながら、感情を排した事実を告げる。
ウェスは言葉を失い、ふらふらと後ずさった。
ナオも異様な空気を察し、ウェスの背中にしがみついたまま小さく震えている。
「じゃあ……お前が……お前たちが、俺たちを四十年で死ぬように設計したのかよ!?」
自分たち下層民からエネルギーを搾取し、命の期限を定めた『デザインライフ』。そのシステムを作った張本人が、今まで自分を守り、肩を並べて歩いてきたカイトだという最悪の勘違いが、ウェスの中で急速に現実味を帯びていく。
それは、ウェスにとってあまりにも残酷な裏切りだった。彼の頭の中で、俺と過ごしてきた泥臭い日々が、すべてシステムを設計した『神』の気まぐれな遊戯として醜く歪んでいく。
「そんなの、嘘だろ……。こいつは、俺たちと同じように下層で泥水をすすって……」
ウェスの声は激しく震え、必死に否定しようとしていた。
だが、俺はそれを肯定も否定もせず、ただ動かない体を冷たい床に横たえたまま、静かに口を閉ざしていた。
言い訳などできるはずもない。
俺が設計したライフ・セルの技術は、元々は人々の健康余命を計るための純粋な医療目的のものだった。だが、それが領主連合によって悪用され、彼らのような短命の子供たちを使い捨てる恐ろしい搾取の仕組みへと変貌してしまった。
家族を失った喪失感から世捨て人となり、世界が新たな形に狂っていくのをただ漫然と眺めているだけだった俺の沈黙が、何よりも雄弁にその罪を肯定していた。ウェスが早とちりをしたとしても、結果として彼らを苦しめる道具を作り出したのは、紛れもない俺なのだ。
「嘘じゃないわ。この古い刻印が何よりの証拠。そして、これほどの熱量を制御できる構造は、現代の技術では絶対に作れない」
サツキは事実だけを淡々と言い放ち、俺の腕の奥深くに埋め込まれた古い機構を鋭く睨みつけた。
彼女の瞳には、長年診てきた男が世界を作り上げた設計者であったことへの驚愕と、それを一世紀以上もの間、強引に維持してきた異常な耐久性に対する技術者としての畏怖が入り混じっていた。
「なんて馬鹿げた造りなの」
サツキは深くため息をつきながら、俺の右腕のリグを軽く叩いた。
「自分の体を極限まで痛めつけて、その代償として生み出した熱で若者を守る。一番燃費の悪い、己の身を削るような無駄だわ。百年以上、そうやって自分の命を削りながら生きてきたわけ?」
サツキの言葉は、俺の過去の行動原理を正確に抉り出していた。
俺はかつての無力さを清算するため、そして下層で生きる彼らを少しでも守るため、自身の身を内側から削りながら不格好に戦い続けてきた。だが、それがウェスにとってどれほど身勝手な自己満足の偽善に見えるか、俺には痛いほどわかっていた。
「……余計な口出しは無用だ」
俺が低い声で制止すると、サツキはふんと鼻で笑った。
「この男の腕が、なぜこんなに重いのか。お前にはわかるか、坊や?」
サツキがウェスに向かって静かに問いかけた。
その言葉は、ウェスの中でかろうじて形を保っていた「頼れる保護者・カイト」という像を完全に打ち砕く決定打となった。
俺の抱える異常な重量は、ただの金属部品の重さではない。
それは傍観者として彼らが搾取され続けるのを止められなかったという、決して拭い去ることのできない罪の重さそのものだった。
「……ふざけんな」
ウェスの口から、押し殺したような声が漏れる。
彼の瞳には、今まで俺に向けていた信頼や親愛の情とは全く異なる、やり場のない激しい怒りと深い絶望がどす黒く燃え上がっていた。
「ふざけるなよ! 俺たちをこんな目に遭わせておきながら……保護者面しやがって!」
ウェスの悲痛な叫びが、狭い診療所の厚い壁に激しく反響した。
7/15 表記ゆれ修正




