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解剖された右腕の奥深くから姿を現したのは、無惨に断裂した生々しい人工筋肉……そして、それらを侵食するように生体組織へびっしりとこびりついた、灰色の硬質な斑点だった。
剥き出しになった筋肉繊維の周囲で、細胞の隙間に浸透していたシリコン誘導体が多孔質の異物として析出し、まるで石のように変質しているのだ。
「……何よ、これ。冷却機構のシリコンが析出して、生体組織そのものを侵食してるじゃない」
サツキの鋭い声に、ウェスが息を呑む音が聞こえた。
彼とナオは、俺の腕から露出した異常な内部構造を目の当たりにして完全に言葉を失っていた。ナオは怖がってウェスの背中に隠れながらも、その光景から目を離せずにいる。
「冷却水をかけなさい! 早く!」
サツキの指示に、ナオが慌ててトレイから冷却水のパックを取り出し、俺の熱を帯びた腕に直接ぶちまけた。
ジュゥゥッという激しい沸騰音と共に、過熱した組織から大量の白煙が上がる。急冷されたことで、皮膚の表面まで滲み出ていた成分がパキパキと音を立てて急速に固化し、灰色の石のような欠片となってポロポロと肌から剥がれ落ちた。
「組織の崩壊を防ぐための、過剰な自己修復の成れの果てね……。普通に暮らしても十年、二十年の稼働でつく傷じゃないわね。無茶な使い方をして人工筋肉を酷使しすぎた結果、肉体組織そのものを材料にしてシリコンが析出してる」
サツキはピンセットでその灰色の欠片を慎重に拾い上げながら、呆れたように、そして僅かな戦慄を交えて呟いた。
彼女は俺の熱耐性格子の構造を以前から知っていたが、ここまで限界を超えて石化が進行した状態を見るのは初めてだった。
サツキの表情が、呆れからある種の畏怖へと変わっていく。
彼女の指先が、石化しつつある組織と生身の境界をなぞる。
「ウェス、よく見ておきなさい。この石化現象……人間を辞めつつある異常な変異よ。通常の機械化手術じゃ絶対にあり得ない。熱を逃がして体を守ろうとするたびに、彼自身の生きた肉体が少しずつ石へと置き換わっているの」
サツキの言葉が、初めてカイトの深部を見たウェスの耳に重く響いた。
「人体という脆弱な構造を限界まで酷使するためだけの、命を度外視したような冷却機構……。何度見ても、人に組み込むものじゃない。こんな呪いみたいな代物を抱えて、よく今まで生きてこられたわね」
俺は沈黙を守り、ただ荒い呼吸を繰り返す。
この熱耐性格子の過剰稼働がもたらす自己修復の負債……シリコン置換は、俺があの喪失の日から背負い続けている呪いそのものだ。許容限界を超える物理出力を引き出し、激しい排熱で壁をぶち破る。その代償として、多孔質の異物となったシリコンが駆動繊維の隙間に定着し、自らの肉体を内側から石へと変えていく。
効率を極め、無駄を徹底的に排除した中層都市の思想とは完全に対極にある、泥臭く己の身を削るような構造。それが俺の力の源であり、俺が抱える修復の利かない致命の欠陥だった。
ウェスは壁際に立ち尽くし、俺の人間離れした異様な内部構造と、剥がれ落ちた灰色の石の欠片を見つめていた。
彼の瞳の奥に、得体の知れない不気味さと恐怖が渦巻き始めているのがわかる。これまで下層で共に生き抜いてきた隣人が、実は自分の想像を絶する怪物、あるいは人間ですらない何かだったのではないか。そんな疑念が、彼の心を冷たく侵食していく。俺はそれを感じ取りながらも、何も言い訳をすることはできなかった。
「カイト……お前、一体何なんだよ」
ウェスの声は微かに震えていた。
ナオも彼の隣で、俺の腕の異様さに圧倒され、怯えたように後ずさる。
俺がただの隣人ではない。
その事実が、この石化しつつある腕を通して残酷なまでに明確になりつつあった。俺たちが下層で築き上げてきた信頼という薄い氷が、この凄まじい熱と石の呪いによって音を立てて溶け出していく。
俺は彼に何か言葉をかけようとしたが、喉からはかすれた呼気が漏れるだけだった。
サツキはメスを置き、血で汚れた手袋のまま、石化が進行している俺の腕のさらに奥深くへと指を滑らせた。
石のように硬くなった組織と人工筋肉を無理やり押し広げ、骨格に当たる部分までその指が到達する。
「ちょっと待って。この格子の最深部……石化した組織のさらに奥の位置に、何かが刻まれているわ」
サツキの手が止まる。
彼女は手元の作業用ライトを点灯し、極細の光束を俺の腕の深部へと照射した。暗い組織の隙間から、無機質な金属の表面が青白く浮かび上がる。
そこにあったのは、決して人目に触れることのないはずの確かな証拠だった。
「これは……カイト、あんた……」
サツキが息を呑む。
その刻印の意味を理解した彼女の顔から、いつもの余裕が完全に消え失せていた。重苦しい沈黙が、消毒液の匂いと共に診療所に立ち込める。俺の隠し続けてきた過去の遺物が、ついに彼らの目の前に引きずり出されたのだ。




