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INDEX  作者: クネロ
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24

 俺とウェス、そしてナオは、警備ドローンの執拗な追跡を振り切るため、中層の居住区画の深部へと駆け込んだ。

 そこには、下層の泥にまみれた生活とは完全に切り離された、不気味なほどに整然とした異質な日常が広がっていた。広い大通りを行き交う人々は、誰一人として他者と物理的に触れ合うことがない。彼らは皆、空中に投影された半透明のホログラムのインターフェースを指先でなぞり、無言のまま膨大な情報を処理している。


 商店の美しいショーウィンドウには、下層では一生お目にかかれないような高級な食品や衣服が並んでいるが、誰もそれを直接手に取ろうとはしない。

 視線を向けるだけで、網膜を通じた非接触の生体認証が完了し、瞬時に取引が成立していく。建物の扉は人が近づくだけで自動で開き、誰の足音も響かない。


 俺はその光景を見ながら、ひどい目眩を覚えた。

 物を掴むという感触、硬さや重さといった確かな手応えが、この社会からは完全に抜け落ちている。誰も汗を流さず、誰も疲労を知らない。人々はただ、清潔で皺一つない衣服を纏い、無表情のまま、まるでレールの上を滑るように歩いているのだ。


 ウェスもまた、その不気味なほどの平穏さに圧倒され、言葉を失っていた。

 人と人がすれ違う時でさえ、互いの体温や息遣いを感じさせないように、厳密に計算された距離が保たれている。ナオは周囲の大人たちを見上げるが、誰とも目が合わず、怯えたようにウェスの腕に強くしがみついた。ここには、俺が生きていることを実感できるようなものがどこにもなかった。


 冷たく乾いた空気が喉を刺し、俺は唾を飲み込んで息を整える。

 俺たちの荒い呼吸だけが、この完璧な空間ではひどく野蛮な音に聞こえた。俺たちは身を隠すため、大通りを外れ、裏路地にあたるメンテナンス通路へと滑り込んだ。だが、そこにも無数の監視網が血管のように張り巡らされていた。


 俺は自身の長く生きてきた経験則と、闘争で研ぎ澄まされた直感を頼りに、壁のレンズの死角となるわずかな隙間を見つけ出す。

 数秒のタイミングを見計らい、息を潜めて通路を素早く横断する。ウェスもナオの手を引きながら、必死に俺の巨大な背中を追ってくる。


 その時だった。俺の右腕の付け根から、バツンという鈍い破裂音が鳴った。


「……ッ」


 俺は奥歯を強く噛み締め、よろめきながら壁に背を預ける。

 下層から中層への強固な境界を突破した際、分厚いゲートを無理やり抉じ開けたダメージが、今になって牙を剥いたのだ。限界を超えて駆動を続けた人工筋肉の繊維が一部断裂し、制御を失う。


 右腕が不規則な痙攣を始め、鈍い痛みが走る。

 だがそれ以上に深刻だったのは、無理な出力の反動でリグの廃熱系の処理能力が急激に低下し始めたことだった。放熱しきれなくなった熱が俺の生身の肉体へと逆流し、ひどい熱病にかかったような急激な悪寒と重い不快感に襲われる。


「おい、カイト! どうした!」


 ウェスが小声で慌てて駆け寄ってくる。ナオも不安そうに俺の顔を見上げた。


 俺は彼らを制止しようと口を開いたが、喉の奥から漏れたのは掠れた熱い息の音だけだった。

 逃げ場を失った熱が体内を巡り、俺の体温は瞬く間に四十度を超える危険な高熱状態へと達していた。額からどっと脂汗が噴き出し、意識を濁らせるほどのひどい熱気と倦怠感が、急激に思考と体力を奪っていく。


「……気にするな。ただの反動だ」


 俺は熱で震える呼気を殺しながら、静かに言う。

 ここで倒れ込んだり異音を立てたりすれば、中層の高度な監視網に即座に感知され、大量の警備ドローンが殺到してくる。俺は朦朧とする意識を気力だけで繋ぎ止め、高熱に浮かされた重い体を必死に制御した。


 肺に吸い込む空気すら不快なほど熱く感じられ、浅い呼吸を繰り返すだけで重い眩暈が走る。

 それでも俺は、純白の床に黒い傷跡や汗を残さないよう、重いブーツの足取りを慎重に制御した。冷たく手応えのない中層の環境に、俺たちの存在を一切漏らさないための孤独な戦いだった。


 だが、限界を超えた高熱についに意識が遠のき、足元が大きくふらつく。

 バランスを崩して壁に倒れ込みそうになった俺を、ウェスが咄嗟に肩で支えた。


「強がるな。体が火みたいに熱いぞ……」


 ウェスが俺から伝わる異常な熱に驚き、焦燥に満ちた声で囁く。

 彼の細い体には俺の重い骨格はあまりにも負担が大きいはずだが、彼は顔を歪めながらも、決して俺の太い腕を離そうとはしなかった。


 通路の奥から、定期巡回するドローンの微かな駆動音が通り過ぎていく。

 探知の光が届く前に、俺たちは息を潜めて暗がりに同化した。


 俺は荒い息を吐きながら、隣で震えるナオの姿を見た。

 これ以上、この過酷な逃避行に彼女を巻き込むわけにはいかない。俺たちの戦いは、あまりにも危険すぎる。


「ウェス……中層の廃棄区画にある、サツキの診療所へ向かう」


 俺は馴染みのある、監視の目が届かない裏ルートを迷いなく思い浮かべた。


「あいつの所なら、ナオを匿ってもらえる。彼女をこれ以上、危険な場所に連れ回すわけにはいかない」

「わかった! そこまで保たせろよ!」


 ウェスは俺を引きずるようにして、薄暗いダクトの入り口へと向かう。

 彼の細い腕が俺の重い金属骨格を支えきれず、激しく震えているのが伝わってくる。俺は彼に負担をかけまいと、辛うじて動く左脚だけで必死に地面を蹴った。俺の荒い呼吸と、彼の切羽詰まった息遣い、そして背後を付いてくるナオの小さな足音が重なり合う。


 俺たちは、朧げな記憶を頼りに監視の死角となっている迷路のような廃棄区画の奥深くへと逃げ込んだ。

 そこだけが中層の清潔さから忘れ去られたように薄汚れ、鉄錆とカビの匂いが漂っている。


「ここだ……開け!」


 ウェスが重厚な鉄の扉を力の限り叩く。やがて重い摩擦音と共に扉が開かれ、消毒液と薬の臭気が濃密に立ち込める空間が現れた。闇医者、サツキの診療所だ。

 俺たちは転がり込むようにして、その空間へと倒れ込んだ。背後で分厚い鉛の扉が閉ざされる。俺は冷たい床の感触を頬に感じながら、意識は暗い闇の底へと沈んでいった。


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