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俺たちはその巨大な鉄の獣に乗っていた。
前傾姿勢で運転するマキの背中にナオがしがみつき、その後部シートにウェスが跨る。そして俺は、右に張り出した無骨なサイドカーにその重い身を収めていた。
マキの知っている裏ルートは、建物の隙間を縫うように這い、検問の強烈なサーチライトが光として届かない死角だけをピンポイントで選んで進んでいく。
途中、前方から連合の装甲車両の重い駆動音を拾うと、マキは即座にエンジンを完全に停止させ、慣性だけで路地の深い側壁の陰へと滑り込んで息を殺した。通過した車両の排気音が遠のき、完全に聞こえなくなってから、再びキックスタートで内燃機関を叩き起こす。
その神業のような潛行を二度繰り返し、ついに俺たちの視界の先に、巨大な構造物が姿を現した。
境界壁。
下層のセクター・ラストと、中層の居住区とを完全に隔絶する、高さ十二メートル以上のコンクリートと金属補強材による強固な複合構造。
上部には高圧電流の流れる有刺鉄線が張り巡らされ、等間隔で監視用の強力な照明が下界を照らし出している。南北に二箇所ある正規の通用口には、完全武装した連合の制服組が分厚い壁となって立ち塞がっているのが、遠くからでもはっきりと視認できた。
十二メートルのコンクリート防壁。それが、特権階級と下層のゴミとを隔てる決して越えられない強固な境界線だ。
「あそこで、バイクを止めてくれ」
俺は、壁から四十メートルほど手前の暗がりを指差してマキに指示した。
バイクが静かに停止すると同時に、俺はサイドカーから重い音を立てて降り立った。
右腕を動かし、制動の感触を確かめる。換装前のような酷い違和感はないが、先ほどのテスト時と同じく八割の出力が限界だ。これ以上の調整は今の俺たちの設備では望めず、この不完全な状態で、最大出力を引き出すしかない。
バイクから降りたウェスが、俺の横に並んで立った。
そびえ立つ十二メートルの決して越えられない壁を見上げ、それから俺の右腕に装着されたインパクト・パイルを見る。
「……その壁を、これで破るつもりか」
「パイルの射出先は、壁の基礎部分の特定のジョイントだ。あの基礎と壁面の接合点の一点に圧力を集中させれば、上部の壁面全体の自重がバランスを崩し、接合部から引き剥がされる。壁全体が倒壊するのではなく、接合部から斜めに外れる。人間が横向きに通れるだけの、正確な隙間ができる」
「……計算したのか。あの分厚い装甲壁の、構造と耐荷重を」
「図面を見たことがある」
俺の短く平坦な答えを聞いて、ウェスは一瞬だけハッとした顔になり、それ以上は何も聞かなかった。
俺は右腕を真っ直ぐに構える。
リグの強靭なフレームを肩の基部から完全にロックし、腰のトルク回転を限界まで溜め込み、右足で自身の全質量を地面へと押しつける。
ズブッ。
砂地にブーツの底が沈み込んだ分だけ、重心をミリ単位で微調整して踏み直す。
完璧な荷重バランスを確認してから、極太の砲軸を、遠く離れた壁の基礎部分のただ一点へとピタリと合わせた。
ギギィッ……。
右腕のジョイントの内部で、嫌な摩擦音が鳴った。
先ほどの換装作業で極力抑え込んだはずの不具合が、限界荷重をかけたことで再び限界を超えた摩擦音を上げている。このまま射出の反動を受け止めれば、肘の代替制動材にさらなる過剰負荷がかかり、二度と使い物にならなくなるかもしれない。
だが、ここで立ち止まるという選択肢は、俺の回路には無かった。
俺は微塵の躊躇もなく、引き金を強く絞り込んだ。
ドンッ!!!
砲身の中で起爆した火薬の凄まじい爆発音が、静寂に包まれた夜の闇をひどく乱暴に引き裂いた。
放たれた超硬合金の弾頭が、壁の基礎接合部へと正確に突き刺さる。
ドゴォォォンッ!という地鳴りのような衝撃音とともに、コンクリートの基礎部分から白い圧砕粉が爆発的に吹き出した。
次の瞬間、物理演算の通りに、強固な壁面の下部が接合点からメキメキと音を立てて外れ始めた。
内部の金属補強材が悲鳴を上げるような軋み音が連続し、十二メートルの壁の一部が、重力に逆らえずにゆっくりと斜めに傾く。壁全体は完全には倒れなかったが、基礎から浮き上がった分厚い壁面と地面との間に、大人が横向きになれば通れるだけの暗い隙間が、パックリと口を開けた。
そのひび割れた隙間の向こう側から、強い光が差し込み、舞い上がる白い粉塵の粒子をくっきりと夜闇に浮かび上がらせた。
中層から漏れ出してくる、高純度の人工光。
それは、下層の錆びついた黄色や赤黒い照明とはまったく違う、温度を感じさせない青みがかった真っ白な光だった。
その異質な光が、ナオの煤けた顔を明るく照らし出した。
ナオは眩しさに目を細めたが、それは単なる光への身体の反射ではなかった。今まで見上げたことしかなかった上位層の光を、自分の目で直接見て、それをこれから自分の中でどう受け止めて生きていくべきか。その計算に、少し時間をかけて確かめているような、強い顔だった。
ウェスが、心配そうに俺の右腕の異音を気にし見つめている。
内部の深刻な摩擦音はまだジリジリと続いていたが、人工筋肉のワイヤーは切れておらず、腕はまだ動かすことができる。
「ほな、ウチはここまでや」
背後で、マキが明るい声を上げた。
振り返ると、彼女はすでにバイクのシートに跨り、いつも通りの飄々とした笑みを浮かべて片手をひらひらと振っていた。
「中層は窮屈そうでウチの性に合わんしな。アンタら、せいぜい派手に暴れてきいや」
「……ああ。恩に着る」
「ナオちゃん、自分も気ぃつけやー」
マキの屈託のない声援に、ナオが力強く頷き返した。
「行こう」
俺が静かにそう言うと、マキは別れの挨拶代わりにバイクのアクセルを乱暴に吹かした。
重低音の排気音が鳴り響き、彼女は豪快に車体を反転させて、元の暗がりへと走り去っていく。
その遠ざかるエンジン音を背に、俺たちは破壊された境界壁の向こう側――未知の中層の空間へと、足を踏み入れた。
次話から1日1回更新になります。




