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INDEX  作者: クネロ
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 ジジの店で右腕の換装作業を終えてから、およそ三時間が経過していた。

 その間に、分厚い扉の向こう側――区画の外から聞こえてくる音の質が、明確に変化し始めていた。

 路地を移動する大型車両の走行音が増え、それらが一定の間隔を保ちながら、まるでひとつの巨大な生き物のように同じ方向へと流れている。無軌道なスラムの往来ではない。特定の目標を定め、それを圧倒的な戦力で封じ込めるために展開している、統率された軍用車両の響きだ。


 ジジが作業台の端に置かれた、巨大な真空管の古めかしい通信機の前に座り、埃まみれのダイヤルをゆっくりと回した。

 ジリジリという不快な高周波のノイズ。それが、見えない包囲網が狭まる音を無機質に拾い上げている。

 やがて、分厚い雑音の層の中から、暗号化されていない途切れ途切れの音声が浮き上がってきた。


「……第十四廃区、東側ルートからの展開完了。これよりセクター・ラスト全域における一斉検問態勢に移行する……」


 領主連合の武装粛清部隊の、作戦通信だった。


 俺は傍受した通信を聞きながら、修復を終えたばかりの右腕を数回開閉させ、トルクの伝達状態を最終確認した。

 関節の制動の感触は昨夜の完全な破損状態よりはマシだが、代替部品の適合性の限界で、決して完全な状態とは言えない。わずかな遊びが、命取りとなる遅延を生む可能性がある。


「……どれくらいで、ここに来るんだ」

 壁の向こうの車両音を聞きながら、ウェスが押し殺した声でジジに聞く。


「今の動きのスピードだと、夜明けまでにはこの第十四廃区の周囲を完全に包囲して、ネズミ一匹逃がさない網を完成させるじゃろうな」

 ジジが通信機のスイッチを切り、重い息を吐いた。


 俺は生存確率を導き出すための計算を高速で走らせる。

 あの工房に戻るという選択肢は、すでに完全に消去されている。工房の位置は、あの場から逃げ延びたボルト・シャークの構成員から確実に連合へ伝わっており、今頃は完全武装の部隊が踏み込んでいるはずだ。

 この区画内に留まれば、夜明けとともにジューサーにかけられる果物のようにすり潰される。区画の外へ脱出するには、下層と中層を隔てる巨大な「境界壁」を越えるしかない。だが、正規の通用口には、すでに連合の強固な検問が敷かれているはずだ。


 沈黙の中、壁に寄りかかっていたマキが、口元を覆う防塵スカーフを無造作に引き下げて言った。


「ウチのルート使えば、外に出れるで。壁のギリギリ手前まで行けたら、あとはウチがなんとかしてやる」


「壁の手前で、確実に連合の検問に当たる」

 俺は観測された事実だけを指摘する。

 すると、横にいたマキがニヤリと笑って親指を立てた。

「ウチが使っとる裏ルートは、重車両が入れない路地裏や。検問が張れん場所をピンポイントで通る。100パーセントの保証はせんけど、今のとこ連中がデータとして把握してないはずの、構造上の抜け道や」

 マキが自信ありげに、腰の革ベルトを叩いてみせた。


 ソファに座っていたナオが、空になった白湯のカップを作業台に置き、ゆっくりと体を起こした。

 動きはまだぎこちなかったが、膝が折れて崩れ落ちることはなかった。俺がサポートの手を差し出すよりも前に、彼女は自らの足でしっかりとコンクリートの床に立った。

 奪われた生命力の代わりに、高純度の軍用セルからのエネルギーを急激に補充されたことで、彼女の細胞レベルの体質が強制的に変化しているのだろう。俺が歩き出すのとほぼ変わらないタイミングで、ナオは俺の横に真っ直ぐに並んで立っていた。


「……工場の中に、少しだけ残した荷物があります。戻って取る時間は、ありますか」

 ナオが静かな声で尋ねる。


「戻るだけの時間の猶予はない」

 俺は一切の感情を交えずに、端的に答えた。


 ナオが少しだけ目を伏せ、それからすぐに顔を上げた。


「わかりました」


 その未練を完全に断ち切った表情を見て、ウェスが何かを言おうとして口を開きかけたが、結局何も言葉にしなかった。

 代わりに、ウェスは自身の左手首の寿命計ライフ・セルの残量を一度だけ確認し、誰よりも先に重い鉄扉の方へと向かった。


 ジジは硬い膝を両手で強く押して、ようやく身体を持ち上げた。

 ギシィ……という、老骨の異常な重さがそのまま重い軋み音になっているような、ひどく重い立ち方だった。ジジはランタンを手に取り、その淡い光を俺の顔に真っ直ぐに向けた。


「……気をつけて行けや、この大馬鹿野郎」


「ああ」


「それと……あの話は、まだ終わっとらんのじゃろ。そろそろ整理したらどうじゃ」


 ジジの背後でウェスが振り返り、疑念と期待の混じった複雑な表情で俺を見た。

 俺は何も答えなかった。

 ジジの深い皺が刻まれた顔を一度だけ見返し、それから無言で分厚いドアを押し開けた。


 マキの重機バイクは、ただの乗り物というよりも、ひとつの巨大な鉄の塊だった。

 内燃機関の荒々しい爆発が、太いチェーン駆動を通じて強烈な振動となり、石畳や砂塵を踏み砕く生々しい感触が、足回りのサスペンションから搭乗者の全身へとダイレクトに伝わってくる。

 このバイクには、現代の車両に搭載されているような高度な電子制御システムが一切無い。完全なアナログ構造だ。だからこそ、連合の検問が周囲に放っている強力な電磁妨害波ジャミングの影響をまったく受けずに稼働できる。

 前照灯を完全に落とした真の闇夜の中を走っても、マキの研ぎ澄まされた直感と経験が、細い路地のルートを数センチの狂いもなくトレースしていく。




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