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INDEX  作者: クネロ
18/27

17

 目的の仮設管理棟の外壁は、遠目に見るよりもはるかに薄く、そして安っぽかった。

 壁の表面を指の側面で軽く叩くと、コンコンという中空の乾いた音が鳴る。

 軽量の波形鋼板。それが基礎のコンクリートに粗雑に埋め込まれただけの、ハリボテのような構造だ。窓は上半分が真っ黒なスモークフィルムで覆われており、内部で点灯している照明が、四角い光の輪郭だけを頼りなく外の暗闇へ漏らしている。

 ウェスが、警戒を怠らず俺の左後ろにピタリと立っていた。


「……障壁の展開範囲は、あの入り口のドアから半径八メートルくらいだと思う。漏れているノイズの出力から逆算すると」

 ウェスが小声で、計算結果を伝える。


「ドアを開けて中に入ったら、一歩目からすでに即死可能な障壁の内側に入ると思え」


「わかってる」


 俺はドアの真正面に立った。

 ノブを捻ると、鍵はかかっていなかった。下層の仮設拠点というものは、強固な施錠をしないことが多い。構成員が頻繁に出入りするため、いちいち鍵を開け閉めする手間を省き、代わりに内側に十分な人数の暴力装置を配置することで外からの侵入を牽制する。効率を優先したその効率だけを求めた判断は、今夜に限っては致命的な間違いとなる。


 ドアを勢いよく開け放つと、内部は仕切りのない無骨な広間一室だった。

 床には工事用の可搬型の強力な照明が複数配置されており、それらが交差する影を天井に不気味に投影している。


 右奥の壁際。そこに、ナオの姿があった。

 粗末なパイプ椅子に強引に座らせられ、手首を背後に回されて固く繋がれている。意識が混濁しているのか、顔は力なく下を向いていた。

 その周囲に、武器を構えて立っているボルト・シャークの構成員が三人。

 そして部屋の真正面、最も強い照明を背にして、部隊を率いるハンスが立っていた。


 ハンスの装着している外骨格リグは、事前の予測よりもさらに重厚で無骨な仕様だった。

 肩から腰部にかけて、本来の規格にはない分厚い追加装甲が何層にも溶接されて乗っている。フレームの各関節の継手からは、チュイィィィンという耳障りな高周波の音が絶え間なく漏れ出していた。

 内蔵された高度な演算装置が常時フル稼動している音だ。自身の全身のバランス制御と、外部のセンサーからの入力を、システムが常に処理し続けているのだ。

 そして問題の電磁障壁(EMP・シールド)の発生器は、重装甲の腰の裏側に強固に固定され、すでに最大出力で起動していた。

 部屋の中に足を踏み入れた瞬間、肌の表面をチリチリと刺すような、空気が薄く帯電している不快な感触があった。


「……随分と物持ちがいいな。博物館から旧時代の展示品が抜け出してきたようだ」

 ハンスが、俺の旧式のリグを見て嘲るように言った。


 俺は一歩だけ前に入って、ピタリと止まる。

 障壁の全身を押し潰すような圧力は、すでに俺の体を包み込んでいた。

 入ってすぐ、ポリマー・マッスルの反応速度が、右腕だけコンマ数秒だが微かに鈍るのを感じる。電磁場の密度が極端に高い空間では、外部ネットワークへの接続端子を一切持たない俺のアナログなリグであっても、駆動繊維へ送る微弱な電気信号そのものに強烈なノイズの干渉が出るのだ。

 俺は立ち止まったその一瞬で、自分のシステムの限界値と、あとどれくらい前に進めば身体が完全に硬直するかを、皮膚の感触だけで正確に測っていた。


 ウェスは俺の後ろで、完全に足を止めていた。

 見えない電磁障壁の境界線のわずか数センチ手前。そこに立ち、俺の右腕の異様な重武装を見つめている。


「展示品が、俺たちの処理場に何の用だ」

 ハンスが、電磁警棒を肩で叩きながら傲慢に聞く。


「ナオを返してもらいに来た」


 俺の平坦な要求を聞き、ハンスが声を上げて笑った。笑うとき、顔の筋肉全体が不快に歪んで動く男だった。


「返すだと? 勘違いするな。この個体はもう回収済みの資源だ。我がギルドの正規の帳簿にも、データとしてすでに記録されているんでな。法的に極めて有効な手続きで行われた正当な徴収に対して、下層のクズが異議を申し立てるというのなら、領主連合の管理局へ出向いて正規の書面で申請しろ。三十日以内には、審査の上で丁重な返答が来るだろうよ」


 官僚主義という名の暴力。

 法と手続きを盾にして弱者を蹂躙する、システム側の最も醜悪なロジックだった。


「書面の審査を待つより、もっと速い方法がある」


 俺が静かにそう告げると、ハンスの顔から薄ら笑いが完全に消え失せた。


 空気が凍りついたその直後、周囲の構成員たちが殺意を剥き出しにして前に動き始める。

 ウェスが動く。

 左端にいた構成員の脆弱な端子に向けて、自作のバイパス・ダガーを握りしめ、弾かれたように飛び出した。一瞬にして二人の影が激しく絡み合い、火花が散る。


 だが俺の視界の中心は、ハンスの動きだけに完全にロックされていた。

 ハンスが巨大な電磁警棒を持ち上げ、俺の頭部に向けて振り被る。


 俺は一歩、前に出る。

 もう一歩。さらに一歩。

 電磁場の圧力で右腕の動きが重くなる。だが、止まらない。


 ハンスが警棒を強烈な速度で横薙ぎに振り抜き、俺の無防備な首筋を完璧に捉えた。

 ガギィッ!

 首の左側に、電磁警棒の硬い側面がクリーンヒットする。

 だが、電磁場の命を奪うパルスの放出は、俺には一切感じられなかった。俺の首の装甲には、ただ純粋な打撃の衝撃だけが伝わり、その質量差によって俺の身体全体が三センチほど横にずらされる。それだけだ。


 それを目の前で目撃したハンスの顔が、計算式が根底から崩れ去ったような顔に変わる。

 完全に当たったのに、相手の回路が焼き切れず、システムが停止しなかったことへの戸惑い。自らの武器の絶対の優位という前提条件が、完全に外れたことを脳が認識した瞬間の顔だった。




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