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翌朝。
この第十四区画を含む広範なエリアの電力が、完全に停止した。
耳鳴りがするほどの不気味な静寂。それが、すべての動力を失った廃区画の朝だった。
工房の粗悪な照明が唐突に落ちたのは、夜明けの少し前のことだ。
俺は暗がりの中で目を開けたまま、外から聞こえてくる騒ぎを、静かに分析していた。
最初は、近隣の住民たちが上げる戸惑いの声。次に、鈍い金属の接触音。そして最後に、重いブーツの足音が急激に密度を増していく音。それらは巡回警備の無軌道な足音ではなく、明確な意思を持って特定の目標へと向かっている、統率された軍靴の響きだ。
窓の隙間から外の様子を伺っていたウェスが、弾かれたように頭を引っ込めた。
「……ボルト・シャークだ。外に五人以上いる」
暗闇の中で、ウェスの声がかすかに震えていた。
俺は手に持っていた工具を、手探りで棚の定位置に戻した。
パニックになって急いで戻しているのではない。これから起きるであろう事態に対処するために、やりかけの作業に明確な区切りをつけておく必要があったからだ。俺のプログラミングされたような性質として、工具を出しっぱなしにして持ち場を離れるという行為が、どうしてもできなかった。
「どういう動き方をしている」
俺はポーチに最小限のツールを詰め込みながら、短い言葉で状況を問う。
「戸別に回ってる。居住ポッドの中に人がいたら、無理やり外に引きずり出して……何かやってる。左手首にデバイスを当てて、それから」
ウェスの言葉が、そこで唐突に止まった。
窓の隙間から見えた凄惨な光景が、彼の言語野を一時的に麻痺させたのだ。
「剥いてる。……強制的に剥いてるんだ。奴ら、住民の寿命計の数値を読み取って、規定の閾値を下回った人間から、残存エネルギーを強制回収してる」
ハーベスト。
下層の人間たちは、その希望の一切ない作業をそう呼んでいた。
徴収ギルドの下部組織であるボルト・シャークが、末端の労働者から残存エネルギーを暴力的に回収する行為。
その法の根拠は、常に「都市インフラの管理コスト過払いに対する、現物による強制弁済」とされている。
システムの都合で一方的に電力供給を止めておきながら、その供給不足によって自己崩壊の危機に瀕した個体から、さらに強制的にエネルギーを抜き取る。それを「弁済」という言葉で正当化するのが、領主連合のやり方だった。
これは、昨夜俺が仕掛けた分岐封鎖に対する、システム側からの直接の報復だ。
俺が配線の迂回路を作って熱の横取りを塞いだから、今度は法と暴力という強権を発動して、住民から直接回収に来たのだ。配線のルートを塞がれれば、今度は人間の肉体を直接の供給源として使う。迂回路を塞がれた水が、より低い場所を求めて別のルートをこじ開けるように。それとまったく同じ無慈悲な流体力学が、今この暗い路地で展開されている。
区画の向こうから、くぐもった声が聞こえた。
怒りや恐怖で叫んでいる声ではない。神経系に直接流し込まれる激痛に、呼吸すらままならず、ただ声帯を震わせているだけの呻き声。言葉になっていないその悲鳴の後に、無機質な機械音が続く。
チュイィィン、という嫌な高周波の音。
それは、人間の肉体から強制的に電力を吸い上げる抽出端子が、限界を超えて稼働するときに発する特有の駆動音だった。
俺はその音が鳴り止むまでの間隔を、正確にカウントした。一件の人間を処理するのに、三十秒とかかっていない。ただの作業。ただの資源回収だ。
「ウェス」
「はい」
「ナオの工場は、何時から始業だ」
ウェスが、暗闇の中で一瞬だけ彫像のように動きを止めた。
彼の中で、ナオのスケジュールと現在の状況が、最悪の形で結びついたのだ。
「今日は早番で……七時から」
現在時刻は七時十五分。
ウェスが走り出すよりも前に、俺は工房の重い鉄扉を蹴り開けていた。
だが、路地に飛び出した瞬間、俺の横を凄まじい速度の風が通り抜けた。ウェスだ。
ウェスは俺よりも断然速い。
暗い路地を全力で疾走するウェスの背中。
普段なら微細なノイズを立てるはずの彼のリグの配線が、まったく音を立てていない。いや、後ろを走る俺の耳にその音が届かないほどの、異常な速度なのだ。
足裏のブーツがコンクリートを削る音だけが、不規則なリズムで響く。俺は自身の出力リミッターを解除して後を追いながら、ウェスのその速さが、通常の設定出力をはるかに超えた異常なオーバードライブ状態であるのだろう。
ウェスは自分の寿命計を急速に焼き切りながら、強引にトルクを引き出している。ナオの命に対する恐怖が、彼から損得の計算も打算も捨てさせていた。




