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「ウェス。ここの新しい中継器の配線だが、内側に入っているか、それとも一部が外側を回っているか、視認できるか」
「……外から見る限り、ここのボックスが終端で……多分、メインの配線は完全に内側に引き込んでる」
「内側にアクセスするのに暗号認証が必要なら、無理に開ける必要はない。バイパス(迂回路)は、外に露出している部分から強引に作れる」
俺がそう言うと、ウェスが少しの間、完全に黙り込んだ。
計算式の前提が根底から覆されたような、混乱の沈黙。
「……外から、別の配線を繋ぐ気か」
「ああ」
ウェスがまた黙った。今度は先ほどよりも少し長い沈黙で、恐ろしいものでも見るかのように、通路の入り口にある封鎖区域の表示板の方向を一度だけ振り返って見てから、再び俺に視線を戻した。
「……法的には」
「それが合法かどうかより、電子が導線を流れるかどうか、動くかどうかを俺は先に考えようと思っている」
ウェスは、もう何も言わなかった。
法という人間が作った虚構のルールよりも、オームの法則という物理法則を優先する俺の判断基準が、彼の合理性の枠組みを完全に超えてしまったからだ。
俺は腰のポーチから、工房から持ってきた古い道具類を取り出し、埃っぽい地面に無造作に並べる。
太い導線が入った二メートルの銅線ケーブル。強力なバネを持つ真鍮製の端子クランプ四組。厚手の絶縁テープ。それと、大戦前の古い針式の電流計。
デジタルではなく、あえてこの古めかしい針式のアナログ計器を好む理由は常に同じだ。強力な電磁干渉(EMP)やノイズを受けても、決して数値が狂わないからだ。今夜のような、グリッドの根幹に不正介入する危険な作業では、目の前の数字が信用できるかどうかということが、生死を分ける最初の問題になる。
俺は端子ボックスの外装の下部を這うように探し、設備全体のアース端子の位置を見つけ出した。
都市グリッドの安全設計上、末端のジャンクションには、過電流を逃がすためのアースが、必ず外部からアクセスできる位置に露出していなければならない。それは設計規格がどれだけ古くても変わらない構造上のルールだ。
予想通り、外壁の最下部、泥にまみれたコンクリートの隙間に、緑色の識別帯が巻かれた太いアース端子が隠れるように配置されていた。
分岐して搾取されている配線の先に、より低い電気抵抗を持つルートを作り出す。
電気は法や権力には従わない。ただ純粋に、抵抗の低い方へと流れる。
中継器の中に仕込まれた不正なルートを経由するよりも、俺が今から設置する太い銅線を通るルートの方が抵抗が低く、効率が良くなれば、奪われていた電流は極めて自然にそちらへと流れ先を変える。
これはシステムの暗号を破るような高度なハッキングではない。ただの、電線を繋ぐだけの単純な作業だ。
「それ、動作保証は」
背後で成り行きを見守っていたウェスが、横から低い声で聞く。
「ない」
「最悪の場合、計算外の過負荷がかかって、この第十四廃区を含む区画全体が完全にブラックアウトして落ちるぞ」
「その可能性は、大いにある」
ウェスがピタリと口を閉じた。
それは俺の無謀な行動への異議や非難ではなく、彼自身が区画全体が落ちた場合の生存確率とリスクの計算を高速で実行しているゆえの沈黙だった。
俺は真鍮のクランプをアース端子にガッチリと噛ませ、銅線の一端を固定する。
もう一端を、ボックス上部にある幹線の放熱フィンの取り付けボルトへと繋ぐ。外壁の狭い隙間から腕を深く差し込み、ボルトの位置を触覚だけで確かめ、手探りでクランプの先端を当てた。
右手で反発する太い銅線を押さえ込みながら、左手でクランプのネジを力強く締める。右腕のポリマー・マッスルの硬化。指先の精密な操作に、リグから一段余分な出力を回して集中する。
ガキン、という硬い手応えとともに、端子がボルトのネジ山に完璧に噛み込んだ。
急造の迂回路に電流計を割り込ませると、ガラス面の中の細い針がピクリと跳ねて大きく振れた。
中継器に分岐して吸い上げられていた電流の一部が、より抵抗の低い俺の銅線ルートを通って、再び末端のブロックへと戻り始めている。その明確な証拠が計器に示されている。針の揺れは小刻みだが、一定のラインで安定していた。システムが焼き切れるような過電流ではない。
背後で、ウェスが自分の寿命計をカチャリと確認する音がした。
五十秒後。
俺たちがいる暗い路地の奥で、コンクリートの壁に取り付けられていた照明が、チカチカと瞬いて点灯した。
熱線式の古い型で、光はひどく弱く、くすんだ黄色だ。だが、確かに点いている。
この場所の照明が点灯したということは、ここから先の末端区画にも電力が正常に流れ始めたということであり、もっと多くの照明が息を吹き返しているはずだった。
ウェスが路地の外へと駆け出し、北の居住区画の方向を見た。
戻ってきた少年の顔は、いつもより微細な筋肉が動いていた。それは安堵や喜びといった単純な感情の発露ではなく、目の前で起きた変化に、彼の損得勘定がまったく追いついていないという顔だった。
「三ブロック先まで……照明がついてる」
「どのくらいの数だ」
「……多分、二十はある」
俺は電流計の針をもう一度確かめた。安定している。銅線の接続はしっかりと保たれている。
ウェスがまた口を開いた。今度は声の質が明らかに変わっていて、いつもの感情を排した計算の手前にある、何か別の人間らしいものが混じっていた。
「これ、いつまで保つんだ」
「寿命の話か。それなら、このクランプの噛み合わせが外れて落ちるか、あるいは向こうの管理業者が電力の異常に気づいて対処しに来るまでだ」
ウェスが、俺の横顔をじっと見た。
遠くで光り始めた街の灯りのこと、俺が負ったリスクのこと。何かを言おうとして口をわずかに開いたが、結局言葉にはならず、再び口を閉じた。
俺は何も言わず、安定を続ける電流計をポーチへと静かに片付けた。




