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INDEX  作者: クネロ
11/28

10

 十五分が経過した。


 セルの吸収速度が緩やかになり、少女の指先や足先といった末梢まで血色が戻ったのを確認してから、俺は手動で電流を遮断する。


 ナオの頬にも、薄くではあるが確かな赤みが戻っている。

 唇の死人のような白さが完全に薄れ、皮膚の質感も、元の柔らかさにはまだ及ばないものの、少なくとも触れれば確かな熱を感じるだけの厚みを取り戻している。


 コネクタを慎重に外すと、ナオはしばらくの間、自分の手の甲を不思議そうに見つめていた。

 指を曲げ、また伸ばす。その動作をゆっくりと繰り返す。

 動きの滑らかさを何度もテストしているのではない。ただ、自分の意思通りに関節や手が動くという事実を、一つずつ記憶に焼き付けるような、慎重な繰り返し方だった。


「工場で、同じ班の子が先週から来ていなくて」


 ナオが静かに口を開いた。唐突には聞こえなかった。

 むしろ、ここへ来た最初からこの情報を伝えるつもりでいたように感じた。


「どうした」


寿命計(ライフ・セル)が、規定値を下回ったって言われたみたいで。それで、別の場所に移されたと」


 俺は使い終わったコネクタの絶縁処理を指先で確かめながら、彼女の言葉を聞いている。


「移された先は」


「わからない」


 ウェスが、部屋の後ろの薄暗い場所で自分の寿命計を確認していた。

 親指の爪がデバイスのガラス面の縁に触れて、細いオレンジ色の反射光が一瞬だけ暗闇に浮かび上がる。その生命感のない光がウェスの張り詰めた顔をわずかに照らし、すぐに消える。


 ナオは工場の話を淡々と続ける。

「先月から、供給量が変わって。メーターの数字の上では何も変わってないんですけど、でも、実際に私たちが使える熱量が減ってるんです。前は終業後にも少し余熱が残っていたのに、いまは業務の途中で急速に下がっていくようになっていて」


「何パーセントくらい低下している」


「細かい数字はわからないです。でも、体でわかるんです。昼過ぎに、指先の感覚が完全に薄くなる。午前中はそうじゃなかったのに」


 俺は金属の端材をパーツボックスに戻しながら、ナオから聞いた話しから思考を巡らせる。

 都市グリッドの供給量と、工場での労働による消費量の比率の変化。下層区画のエネルギー・グリッドは、大元の中継変電所から太い幹線へ、そして細い支線から各ブロックの末端へと順に流れる構造になっている。

 ナオが言う午後の極端な出力低下は、一見すると工場全体のピーク時の負荷増大で説明できるように見える。

 だが昨日、廃駅の通路で観測した、排熱口の圧力変化と合わせると、まったく別の結論が導き出される。

 排熱口の圧力が異常に落ちていたのは、工場の稼働ピーク時間よりもはるかに前、早朝だった。需要の増大によるパンクではなく、明らかに大元の供給側の変動だ。


 ナオに変電所の場所を尋ねると、工場から北に二ブロック行った場所にある中継所だという。

 俺の記憶の中にある旧都市の配線図と照合すると、そのエリアには末端のジャンクションが三箇所あったはずだった。


「その場所には、前とは違う管理会社の看板がついていなかったか? 古い緑色のものとは別の色の」


「去年の夏に変わりました。大掛かりな工事が入って、一週間くらい電力が不安定になったあとに」


 去年の夏。それ以来、末端への出力が段階的に落ちてきた。

 工事が入る前後で、巨大な中継機器が最新の規格に換装され、新しいジャンクションに切り替わったということだ。新型に切り替えたのなら送電効率は改善し、ロスは減るはずだ。

 それでもなお、出力が落ちているとすれば、机上の供給量と、現場に届く実際の熱量との間に、決して無視できない差が生まれていることになる。そして、その消えた熱量という名の差額は、必ずどこか別の場所へと流れている。


 グリッドの末端で、熱量が意図的に消去されている。

 俺は視線を上げ、工房の低い天井を見た。

 天井を這う巨大な排熱管。そこから漏れ出る微弱な熱気を、俺は毎日のように感じている。今日の熱の漏れ量は、昨日よりも明らかに少ない。これも、グリッド全体の意図した出力低下という仮説と完全に整合している。


 出力低下は、単なる末端の設備不良の話ではない。

 グリッドの巨大な中継地点において、送電量の一部が巧妙に分岐させられている。工事で入れ替えた新しい中継器の内部に、隠し分岐回路が組み込まれているか、外部の別ラインから強引に接続が割り込まれているかのどちらかだ。そして、システムの中枢でそれを行うだけの技術と権限を持っている者は、当然ながら設備工事そのものに合法的に介入できる立場の連中に限られる。


「ウェス」


 俺の低く響く声に、後ろで暗闇の中で寿命計を眺めていたウェスが顔を上げる。


「あの区画の変電設備を直接調べたい。今夜、時間があるか」


「……オレの寿命計を無駄に消費する前に、その行動に見合う収益の試算を聞かせてくれ」

 ウェスはいつも通りの、感情を排した損得勘定の問いを投げ返す。


 俺は何も答えなかった。言葉で説明できるような利益など、最初から計算できないからだ。

 沈黙の中、ウェスが打算と計算を走らせる。

 そして、ウェスが「わかった」と口にするまでに、ちょうど三秒かかった。


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