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食餐

「ねぇ! これでおしまいよね?」


やりたいことを邪魔するやつはもういないはず。そうよね、とミズキが振り返る。


「はい、さようでございます」


渡り廊下のほうから世話人が顔を覗かせ、進み出る。統一された衣装の胸元から腹にかけてと袖が赤く染まっていた。

そっちはそっちで何かやっていたのだろうと適当に解釈して片付けて、特に気にせず流す。


「この時をもちまして鹿嫁さまが決まりました」


どうぞこちらへ。今まで以上に丁寧に世話人がミズキを案内する。

内装がぼろぼろの寝室棟を出て、渡り廊下を渡って本館へ。焦げ跡のある廊下を進み、座敷を突き抜けていく。座敷の裏手に下り階段があり、直接庭に降りられるようになっている。そこを降りてさらに先へ。向かう先は本邸の奥だ。

ここから先は禁足地。未嫁が鹿嫁になるための最後の仕上げを迎える場所だということは誰に言わずとも理解していた。


「私は何すればいいの?」

「何も。花骸(かがら)の間にて神喰い(しんくい)を受けるのみです」

「私どもが飾らずとも、じゅうぶんお綺麗に(おいしそうに)なりましたから」


ふぅん。ミズキは小さく鼻を鳴らした。

神喰いとはまた大層な名だ。鹿神に喰われることをそう呼ぶらしい。ただの食事に大仰な言葉を使うなぁ、と思った。


「あ、でもさ。白無垢くらいは着たいな。それくらいはいいでしょ? 女の子の憧れなんだし!」


一応名目は嫁の選定なのだし。実際は選定ではなく剪定だったと言葉遊びをしつつ世話人に要求すると、ではそのように、と応じてくれた。


「そうそう。どんな食材でも食器次第で雰囲気って変わるしさ」


同じ料理でも盛り付けられるのが素焼きの皿か白磁の器かで印象は大きく違う。このままでも食べる側としては差はないのだろうが、やはりこういう細かいところにはこだわらないと。

そういう気配りの有無がどうこう、給仕としての腕がどうこう。そんな話をしながらさらに進んでいく。


やがて小さな庵が見えてきた。横に控えていた世話人が引き戸を開けてくれたので中へと入る。

埃一つない室内にはいくつかの白骨が転がり、血の跡があった。


「少々お待ちください。着物を取ってまいりますので」

「白無垢? ありがと」


待っている間にと差し出された三方に盛られた実を食べつつ、しつらえられた竹製の椅子に座る。

横に控えているのは本館でいつも世話をしてくれていた世話人ではなく、見知らぬ世話人だ。衣装の雰囲気からして少し違う。それらしい言葉を当てはめるなら、巫女に対する宮司といった雰囲気だ。


「ねぇ、あの骨とか血の跡とかは何?」

「過去の鹿嫁さまのものです。心を乱されたので、処置を」


つまり逃げ出そうとしたので足を切った、と。物騒なことをするものだ。

それにしたって不可解だ。ここにきて逃げ出そうとするなんて。


「好きな人の望みを叶えてあげようとか、そういう心はなかったのかな?」


変なの。呟きつつ、実を飲み込む。梅の香りが一段と強く感じられた。

そうしている間に世話人が長持を運んでくる。中には白無垢一式が入っていた。お着せしますねと世話人たちが手早く着替えさせてくれた。帯を締め、角隠しを被る。鏡がない、用意が悪い。


「きれい?」

「はい」


淡々とした物言いでも特に無味乾燥。至極どうでもよさそうな返事だった。


「だめよ、見た目はこだわらないと」


さっきも言ったが。料理の見た目は大事だ。

たとえこのあと、食い散らかされてぐちゃぐちゃになったとしてもそれは鹿神の食べ方の問題。きちんと盛り付けないと。せっかくこんなに美味しくなったんだから。


「わかった?」

「はい」


繰り返しの返答。だめだこの世話人。本館のそれと違っていっそう自我がない。情緒がなくてつまらない。

肩を竦めつつ立ち上がる。すっと扉が開いたので、さらに先に進むことにした。


「待っててね」


今、いちばんのごちそうが向かいます。

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