葛の落花
――昔、ハナミズキの花言葉を調べたことがある。
『私の思いを受け取ってください』という、なんとも健気な花言葉だった。
今の自分から見たら思わず鼻で笑ってしまいそうだ。『受け取る』だなんて。受け取る必要すらない。受け取らなくていい。押し付けるから。
想いは捧げる。でも受け取ろうが拒否しようがどっちでもいい。どうでもいい。どんな結果だって構わない。やりたいようにやれればいい。
「あんたはどう、クズノ?」
他人の承認がないと何もできない。愛されないと愛することもできない。
けれど愛されるために身を削ることは拒否する。損は他に押し付けて安全圏に行こうとする。
好きな人が死ねと言うのに死にに行けない。せっかくラカが『食べてあげるから美味しくなって』と言っているのにそれに応えようともしない。
それなのに都合よく愛されることは望む。
いや、別にそうならそうでいいのだ。それで何が悪いと開き直れるのなら。そのエゴを貫けるなら。
他人を犠牲にして美味しいところだけ啜って何が悪い、屑呼ばわりするなら結構と言い張るのならば。
しかし現実は開き直れないしエゴも貫けない。屑呼ばわりは拒否する。清濁併せ呑めないその中途半端さがよくない。
「な、なによ……頭おかしいんじゃないの!?」
「あーはいはい、そこで議論する気はないから」
もう差は証明されたし、戦況的にも心理的にもこちらが上。ならクズノの議論に付き合う必要はない。
頭がおかしいと言うなら結構。やりたいようにやるから呼びたいように呼べ。
「じゃ、そろそろ終わろうね?」
これ以上続けていても面白くないし、見どころもないし。
ぴ、と横一線。刃として用いるためでなく場を区切るために防御壁を展開する。クズノの背後と左右を囲み、自分の背後と左右も囲む。床と天井も閉じれば、横長の長方形の箱の中。
きっちり追い詰めて、逃げ場もなくして、クズノと向き合う。
「さぁ始めようか。どっちかが死ぬまで続くデスマッチ」
「ぁ……や、やだ!」
「えぇ? 今から盛り上がるところなのに?」
***
決着かなぁ。のんびりと、欄干にもたれかかりながら呟いた。横長の瞳孔で視ているのは目の前の庭でなく寝室棟だ。結界で作られた長方形の箱を俯瞰視点で眺めている。
あの2人の戦いはもう終わる。片方の心が折れた。
心が折れたらもう戦えない。餌としても劣化する。不味いどころが腐ったも同然。
最後の最後で開き直ってくれるかと期待していたのだが、現実はうまくいかない。精神に干渉して強制的に熟れさせるか、いや、それをしたら微妙な味だったのはカエデが証明してくれた。
「さぁて。ならせめて楽しませておくれよ」
食としてではなく見世物として。娯楽になってもらおう。
戦意喪失して逃げ出そうとするクズノの背中を俯瞰視点で見下ろしながら、朱塗りの欄干を指で叩く。
「わたしの思い通りに動いておくれ」
ミズキに糸をかけた時のクズノの真似をしながら、囃し立てるように手を叩いた。
結界の壁を叩き、出してと叫んでいたクズノの手が不自然な角度で跳ねる。足が動いて踵を返す。ミズキに背を向けていた状態から、再び向き直るように。
「あぁ、怖がらないで。少しばかり、体の自由を奪っただけだから」
この声は届いていないから彼女は何が起きているかわからないだろうが。
やだ、やだ、と叫んでいるが喉が潰れないか心配だ。鈴が転がるような声が嗄れてしまうのはもったいない。
「えぇと、確か、こうだったかな?」
糸を手足に巻き付けて固くし、手甲や足甲代わりにしての肉弾戦とか。
この異能はそんなこともできるとか自慢していた言葉を思い出しつつ、指を手繰る。殴りかかるように操作したら、ミズキが防御壁で阻んだ。そのうち破れるかもしれないので構わず防御壁を殴らせる。
「ふぅん。やっぱり難しいね」
糸で手甲を作っても人体の脆さは変わらず。あっという間に手の骨が折れてしまった。
泣き叫ぶクズノの声をやかましいなと思いつつ、さて次はどう動かそうかと迷っていたら、ぶつんと上半身と下半身が切断されてしまった。
「……あぁ。もうちょっとで要領を掴めそうだったんだけど」
まぁいい。それよりも。
「決着だ。さぁお前たち。収穫の時間だよ」
わたしの妻を迎えに行っておくれ。




