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100年後まで、ごきげんよう

世話人に見送られ、先へ。その先は真っ暗な闇が広がっていた。


ともすれば平衡感覚さえ失いそうだ。今地面に足をつけているかどうかすら怪しくなってくる。

しっかりと地面に足をつけて、主観的に前に進んでいると、やがて真っ暗な空間に色がついてくる。地面に草が生え始め、曖昧な空間だったそこは瑞々しい草の生える草原になった。

次第に梅の香りが漂い始めた草原をさらに進む。無限に続くかと思った草原の先に高台を見つけた。


2、3段の階段で高く作られた台。まるで舞いのための舞台のようでもあり、食事のための机のようでもある。


きっとたぶん、『行くべき場所』はここだろう。草原を踏み分けてそちらに向かう。

梅の香りはもはやむせ返るようで、しかし肺をすすぐようで気持ちいい。柔らかな草を踏んで進む。登れと言わんばかりの階段の両脇には花瓶があって、花水木の枝が活けてあった。


なんだ、そんな飾りをするくらいの遊びはあるんじゃないか。情緒がないと溜め息をついたことを撤回するか、一瞬悩んで、まぁもう会わないのだからいいかと思考を放り投げた。

たかが世話役の眷属に割く思考など微塵もなし。壇上に座る頃にはすっかり頭から抜けた。


ちゃんと美味しく食べてもらえるだろうか。熟した、満ちた、とラカは言ってたが、そんな自覚はまったくないので少し不安だ。

でも美味しいと感じるかどうかはあちらの問題で、自分の問題ではない。自分の問題は、食べられるためにここに座れるか、やりたいようにやれるかだ。そしてその点においては、間違いなくやりたいようにやれていると言える。じゃぁ何も問題なんてない。


「無抵抗なのは楽で助かるよ」

「え、活造りがよかった?」


いつの間にかラカがいた。冗談めかして返事をすると、横長の瞳孔が細められた。


「それっぽいことをしてほしいなら口付けてあげようか?」

「それで私の味って変わる?」

「いや」

「じゃぁいいや」


あっさりしてるね、とラカが笑った。

選別で口付けた時にはあんなに百面相をしていたのにすっかり落ち着いてしまった。そう肩を竦められた。

でもその乙女心を空振りにしたのはラカ様ですよね、と返すと、返す言葉もない、と苦笑いが返ってきた。


「……ほら、見てごらん」


ふと、ラカが背後を振り返る。つられて視線をそちらに移す。音もなく草を踏む蹄。足。たどって見上げれば胴。そして首、頭。目を合わせるには首が痛くなるほど見上げなければならないほどの巨大な体躯。梅の枝のような角。そしてそこに点々とつく実。


「これが……」


ラカの本体。鹿神そのもの。我らが一族を餌とする『おおきなもの』。愛しき捕食者。

初めて見た姿に震える。恐怖ではなく歓喜で。あぁ、あぁ、私を食べてくれるものをやっと見ることができた!


「最後に言い残すことは?」

「美味しく食べてね?」

「もちろん」


じゃぁ、食べちゃおう。なんてことないようにラカが言った。


暗闇を割くように現れた鹿神が、ぬっと迫ってくる。こんなに近くに寄られても吐息を感じないのは呼吸しないからだろう。

口の中にすっぽり入りそうだな。呑気にそんなことを考えていたら。


いただきます(愛してるよ)


喰い付く。咀嚼。暗転。沈黙。静寂。


***


「あぁ、美味しかった!」


至極上機嫌にラカは息をついた。

なんと甘美な味だろう。これだから執着に染まった魂の味はたまらない。


主菜の食後にと取っていた魂もほどよく苦みがあって美味い。甘く甘く蕩けるような暴力的な甘さの後にはちょうどいい。

絶望しきってくれて何より。まさか、ここから逆転があると思ったのか。残念ながら草はただ食まれるのみだ。それは永遠に変わらない。この関係は崩れない。根を張り、咲き盛り続けるだろう。


「次の食事はいつにしようか?」


梅の香りを漂わせ、幸災楽禍の鹿はうっそりと笑った。

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