花を愛でつつ
一方。窓枠に肘をかけ、ラカは自室から事態を眺めていた。
その横長の瞳孔の視力でもって直接見ているわけではない。自らの領域内を感知する力でもって間接的に視ている。この視力を用いれば一族の様子など手に取るようにわかる。自分のお膝元である本邸の様子ならなおさら。
ミズキがニイカとカエデを殺し、クズノと対峙している光景も視えている。
最も熟したと目星をつけたのはミズキの方だが、クズノも土壇場で熟すかもしれない。物事というのは最後までわからないものだ。
クズノの結論ありきの運命論はミズキを押しのけることができるだろうか。鹿嫁になるという結果のために不都合を排除することができるか。可能性はあまり高くなさそうだなぁ、と思った。
「鹿神さま。お食事です」
「あぁ、置いといて」
世話人が進み出て、ラカの前に三方が置かれた。一抱えほどもある大きめの三方がふたつ。その上には、ニイカだったものとカエデだったものが乗っている。
片方は首と胴を切り離され、片方は丸焦げ。それがどうやって死んだかもラカは視ていた。
「よいしょ、っと」
肉体は特に重要でもない。食えはするが好んで食べはしない。焦げているならなおさら。
重要なのは魂の方だ。すっと手を伸ばし、三方に乗ったものに触れる。軽く指で叩くと手のひらに乗る程度の光る玉が転がり出てきた。
これが魂だ。正確には、魂なんて曖昧な概念を閉じ込めた魔力の檻。饅頭の餡と皮の関係だ。魂という餡を鹿神の魔力という皮でくるんだもの。こうして包んで閉じ込めないと取り出せないし、食べられないのが難だ。他の同類、いわゆる『おおきなもの』たちはどうやって捕食しているのだろう。
そんなことを考えつつ、一口。
「うーん……」
あまり美味しくない。苦み、渋み、えぐみ。味でたとえるならばそんな味だ。
絶望を他責する者の味だ。なぜ、どうして、と責め、欺瞞だと叫び、騙されたと嘆いている。
「ひどいなぁ」
裏切ったとは心外だ。自分はただ、与えていたものを返してもらっているだけなのに。
実を与えて無病息災、健康であるようにして、その管理の手間を最後に回収させてもらっているだけなのに。
こちらが裏切ったのではない。人間たちが勝手に幻想を抱いただけにすぎない。その幻想に少し便乗させてもらっただけ。
「わたしはきみたちに『殺せ』とは一言も言ってないのに」
むしろ殺し合い憎み合うことは望まない。憎悪の味は美味しくないので。
なのにどうしてだか未嫁たちは殺し合う。殺して排除するのが一番簡単だから、その道を選ぶ。
選んだのは未嫁たちだ。こちらはただ、怖気づかないようにちょっと理性や自制心を緩めるくらいしかしていないのに。
「心外だな」
体はいいや。呟いて、三方の上のものを縁側から庭に放り投げた。途端、眷属たちが人間らしさを捨てて四つん這いで獣のように食い散らかし始める。
まるで犬だなぁと思いつつ、黒焦げの方も。魂を取り出して食べる。
「…………最後の一押しはわたしがやったとはいえ……」
微妙。不味くはないのだが美味しくない。やはり実を介して精神を転がし、強制的に吹っ切れさせたのはまずかったか。
人工的に熟成させるとよくない。自発的に熟したもののほうが美味しい。魚だって養殖より天然物のほうが珍重されるように。それと同じだ。
というと。黒焦げのものが乗った三方も庭に放り投げて、口端を舐めながら欄干にもたれかかる。
まるで麩を放り込んだ鯉のような眷属たちは置いておいて。ちらりと眺める。窓際には硝子の覆いをつけた花籠。その中に転がる光る玉。
「シダリは一番最後に食べてあげるね」
知れば知るほど絶望するばかりと手記にはあったので。だったら、エンゲージというものの底を見せてから食べてやろう。
すべてを見終える頃にはきっと、素晴らしく煮詰められた幸災楽禍の味がするだろう。
「あぁ……幸災楽禍といえば」
幸災楽禍の鹿。それがわたしの呼び名なのだが、人間たちは読みだけ抜き出して別字を当てはめて『光催洛鹿』と勝手に名付けたな、と。
そう呟いた声が聞こえたのか、花籠が揺れた。




