今はとってもたのしいの!
あとはクズノだけ。ステップを踏むように寝室棟へ。
清々しくてたまらない。今までずっと霧の中にいて、その霧が急に晴れたかのようないい気分だ。
今なら何でもできる気がしたし、何でもできるだろう。やりたいことを好きなようにやれる解放感に満ちている。
寝室棟はまるで引越し作業中なのかと思うくらい荒れていた。壁は裂かれ、戸は砕かれ、板戸は倒れて家具や調度品が転がっている。
合間合間に見える赤いものは巻き込まれた世話人だろう。可哀想に。まぁそんなことはどうでもいい。問題はクズノだ。
「クズノはどこかなぁ?」
寝室棟は壁を撤去すれば縦長の大きな建物ひとつ。長方形の下辺には本館への渡り廊下がつながっていて、上辺は行き止まり。
その上辺、主観的には最奥にクズノがいる。そしてここはクズノの『巣』であると直感的に理解した。
クズノの異能は糸だ。手指から細く丈夫な糸を作り、戦いの際にはそれを用いる。糸をかけなければいけない性質上、開けた場所は不利。なのでクズノの糸は室内でこそ有利。
そしてここは切り刻まれた壁や戸、倒れた家具などで糸をかける場所が無数にある。クズノにとって最高のフィールドなのだ。つまりは、巣。
「あ。来てくれたのね。嬉しい。殺されに来てくれたのよね。ね?」
巣の奥にクズノはいた。巣の最奥に居座るヌシのように。
「カエデもニイカもやってくれたのね? よかった、邪魔なのが死んでくれて!」
あはっ。クズノの口から笑いが漏れた。
「私、これまで一つも手を汚してないの! あなたと違って!」
誰も手にかけていないし、それどころか戦闘行為すらしていない。綺麗な手のままだ。
ハギネもニイカもカエデも手にかけて血に濡れたミズキと、どちらがラカの嫁にふさわしいか。愛する男を愛するのにふさわしいか。愛する男に愛されるにふさわしいか。
要約するとそんなようなことを言った。
はぁ、とミズキは嘆息した。
「欲しいものを自力で手に入れようともしない他力本願な人間のくせに?」
綺麗な手というが、それは汚れを他者に押し付けているだけじゃないか。
ふさわしいというのなら、欲しいものを手に入れようと努力して苦労して、必死に手を伸ばそうとしている姿のほうが断然良いと思うが。
「異能を使いもせず、全部人任せ。良いところだけ横からかっさらっていくなんて、さすが『クズの』だね!」
「なっ……!!」
正々堂々、正面からクズノの地雷をぶち抜いてやる。
屑のクズノ。そう呼ばれることを嫌うのを知っていて、あえてそう言ってやる。
だってそうじゃないか。ラカはエンゲージの中で、異能の力を用いて戦い、思いを証明することを望んでいる。それをしない時点で劣っている。人を殺めたとはいえ、ラカの望み通り異能の力で我が道を押し進む自分よりも、はるかに。
「う、うるさい! うるさい!」
クズノが左手の人差し指と親指の腹をくっつけ、離す。その指の間に糸が張られた。
それを弦として、弓矢の要領で小さな棘を射出する。棘もまた、糸を紡いでより合わせて固めたものだ。
射出したものは防御壁で阻まれる。残念。こちらのほうが速い。
「次言ったら当てるから! わかった?」
「はん、だったら今の一発で当てておけばよかったでしょ?」
防御壁で防がなくても、あの棘はミズキの足元の床を狙ったもの。はなから当たらない。
せっかく『巣』なんて大層な形容をするフィールドだというのに、クズノの覚悟が決まってないなら話にならない。
「わざと外したのは何? この期に及んで手を汚すのを避けようとしてるの?」
空振りで脅して威圧して、引き下がるのを誘おうだなんて。
そんな中途半端な心の時点で勝負はついてるも同然じゃないか。なんだ、つまらない。
「なによ! 私だってやれるんだから!」
「はっ。やっとその気になった?」
遅くない?
こっちはもう、やりたいようにやると心が定まっているというのに。




