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開花する花水木

梅の香りがする。何もかも絶望的なのに、何もかも甘美な感覚がした。


ラカが迫る。口付けるために顔を近付けているようで、実は違う。捕食し、喰らいつくために近付いている。

気付けば地面に押し倒されていた。一見それは大胆な情事の前振りのようでいて、しかしその実は獲物を押さえつけて喰らうため。


愛して(食べて)いいかな? いいよね? 今、きみはとてもいい味がしそうだもの」


このまま喰われる? 全部無駄で空回りだと思い知って? すべて欺瞞だと理解して?


――いいや。


それを否定する最高の答えを、梅の香りとともに持っている。


ぐっと、ミズキは胸の前で握った手に力を込めた。


「……でも」


勿体つけるようにゆっくりと迫るラカを前に怯まず反駁する。

ん、とラカの動きが止まった。横長の瞳孔が無言で続きを促してくる。


()はラカ様のことが好きだもん」


そう。我らが一族は鹿神の餌だった。そのために生み出され、育てられた。美味しくなるようにと誘導されて、収穫の時を待つ従順な家畜だった。

だとしても、だからといって、自分がラカを好きなのは変わらない。その想いは否定されていない。ラカからミズキへの想いは『ただの餌』の一言で否定された。だが、その逆、ミズキからラカへの想いについては否定されていない。この恋心は錯覚でも何でもない。たとえそれが恋心を抱くように仕組まれたことだとしても、その想いは自分の意志だ。ラカを好きなのは変わらない。


「ラカ様が私をどう思っていても関係ない。()()好きなの」


養鶏場の鶏が飼育員に恋をしたからなんだ。畑の野菜が耕作人に欲情して何が悪い。

ラカがこっちを見ていなくたっていい。他を見ていて構わない。乙女心としては相思相愛がよかったがそれはそれ。想いの矢印が両方から片方になっただけ。

肝要なのは自分がどう思っているかだ。そして、それを踏まえてどうしたいかだ。もちろん答えは、やりたいようにやる、それだけだ。

そのことにおいて、ミズキは譲る気も負ける気もない。『自分がやりたいようにやる』というその信念は揺らがない。あの日、力を隠せと抑圧する親を押しのけたように。


自分のやりたいようにやる。誰にもそれは邪魔させない。ただそれだけの話じゃないか。今までだってそうなら、これからもだ。

今まで通り、ラカに想いを伝える。そのために頑張る。ラカがどう思っていようと関係ない。何の情を抱いてなくてもいいし報われなくていい、矢印が一方。上等だ。


「ねぇ。ラカ様。もっと美味しくなったら、もっと愛して(食べて)くれる?」


うっそりと、ミズキが笑う。馥郁とした梅の香りを漂わせて。

覚悟とも決意ともまた違う、狂信でもない『何か』に目覚めた顔で。

吐息がかかる距離でラカを真っ直ぐ見つめ、微笑む。


「あぁ……きみは本当に愛おしい(美味しそうだ)


成った。確信してラカが笑う。

実による干渉で理性を薄めて誘導した甲斐があった。おかげでこの娘は究極の自己完結を手に入れた。

他の未嫁も理性を薄めて欲望を露出させやすくしたが、彼女はこれ以上ないくらいに上手に熟した。やりたいようにやるという独善的な思考は花開き、他者の都合など考えずに我を押し通す強さを手に入れた。あとはもう、自分の欲望を邪魔するものを轢き潰すだけだ。

なんと美味しそうに染まってくれたことだろう。まったく、鹿嫁(極上の餌)にふさわしい。


「愛してるよ」


口付ける。それが最後の『調理』だった。


「ん……ぁ……ラカ様……」

「大丈夫、力を抜いて。受け入れて、飲み込んで」


せっかくならこんな土の上でなく、きちんとした場所のほうが雰囲気があったのだけれど。

まるで情事か何かのような甘さで呟き、口付けとともに力を送る。実などとは比べ物にならないほどの濃度と密度で染め上げ、魂の隅々まで満たす。梅の香りが濃い。


ゆっくりと唇を離し、その味を楽しみながらラカはミズキを助け起こす。まるで恋人にするような手つきで裾の土を払ってやり、髪を整えてやる。乱暴にしてすまないね、と軽く謝ってから、その背中を軽く押した。


「さ。行っておいで」


きみがわたしの妻になるまで、あと3人だ。

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