幸災楽禍の鹿
「じゃぁ……じゃぁ、私たちに、何の愛着もないの?」
『餌』だと。そんな無味乾燥な表現をするほどなら。
大事だと言うその言葉も欺瞞なのか。何の愛着もないのか。
縋るようなミズキの問いに対してもラカは涼しげだった。
「あるよ。手ずから育ててるんだ。多少の愛着はあるさ」
ひよこから育てた鶏を絞める時、思うものがあるように。
その程度の思い入れはある。まったく何も感じていないと言われるのは残念だ。
食べるための養鶏だとしても、生まれたばかりの雛は可愛いと思うし、雛がすくすくと成長していれば微笑ましくなるだろう。
手がかかったぶん惜しいと思いつつも絞め、それなりに厳かな気持ちで食べる。それと変わらない。
もう少し草食的な視点で言えば、畑で育てていた作物に花が咲いたら可愛らしいと思うだろう。
観賞用とはまた違う素朴さが良いと思う。それはそれとして実がなったら収穫して食べる。それと同じこと。
そう。人間たちにとっての牧畜や農業と同じだ。鹿神にとってはただそれだけのこと。
それを信仰で装飾して勝手に崇めておいて、裏切られたなんだと言われたって困る。自分は最初からその姿勢でいるというのに。
なんてことないように答えるラカに愕然とする。
「……だったら……」
妻として愛される。それは幻想なのか。この思いは遂げられないのか。
乙女心が悲鳴を上げる。じゃぁ何のために、私は頑張ってきたのだと。恋をして、その想いを遂げんと自分を磨いてきた。女の子としても魅力的になるように、そして、鹿神に与えられたことに報いるべく異能の力を使いこなすように鍛錬を積んだ。そうしてエンゲージに未嫁として参加し、ここにいる。自分の意志かどうかは怪しいが、この手でハギネさえ殺した。
それもすべてラカのため。好きな人に好きだと伝えるため。この想いは誰よりも強いのだと証明するため。どんな苦難でも乗り越えて鹿嫁になるためだ。
だが、それはまったくの無駄で、空回りだったのか。
その縋るような思いすら、ラカは微笑みとともに切り捨てる。
「きみは養鶏場の家畜に恋をする? 畑の作物に欲情する?」
「ぁ……!!」
がらがらと幻想が崩れていく音がする。
何もかもが食事のための仕込み。親を失い孤独だった自分に声をかけてくれたのも。異能の力を使いこなせるよう鍛錬する姿を見守ってくれていたのも。
優しく甘い言葉も、選別の時の口付けも、何もかも。慈愛は欺瞞であり、そこには冷徹な捕食者の視点だけがあった。
思えば、仕込みであったと最初から示唆されていたじゃないか。
自分たちの境遇に似通った部分が多いと気になったあの時。どうして気付かなかったのだ。もう少し考えれば真実にたどり着けたのに。
夢にラカが出てきた時もそう。あれは自分だけの特別ではなく、皆同じ夢を見たとわかった時に抱いた違和感をもう少し突き詰めていれば。
あえてそのような境遇の娘を選び、誘導していたとわかったものを。答えは最初からそこにあったのだ。
いや、もしかしたら、その境遇すらも鹿神によって仕組まれたことかもしれない。だって鹿神は一族のすべてを見通す。そういう環境になるように細工することなんて簡単だ。だって、実を介した干渉だってできるのだ。自分がハギネを殺した時のように、操ることだってできる。
だとしたら、もう、何もかも鹿神の手のひらの上。それもそうだ。自分たちの名付け親は鹿神じゃないか。もう生まれた時から、お前は餌だと言われていたのだ。
「……あぁ。そんな顔をしないで」
呆然と立ち尽くすミズキの頬をラカが撫でる。その指先はひどく冷たく、あたたかい。
横長の瞳孔が甘く細められる。ちろりと妖艶に舌が覗いた。
「愛してしまいたくなるじゃないか」




