独善的に愛玩せず、愛他的に慈愛する
愕然とするあまり言葉を失う。その沈黙を破ったのはシダリだった。
「……ラカ様にね、聞いたの」
この話は本当か、と。得た情報に間違いはないか、知った知識に誤解はないか。解釈の揺れで生まれた歪みではないのか。
ラカはすんなり是と答えた。間違いも誤解もなく本当だ。解釈の揺れでそう捉えたのではない、と。
***
問われ、ラカは微笑みを浮かべたまま頷いた。
「確かにそうだ。だけど、人のくくりを外れさせるのはわたしの目的ではない」
実を与えることで眷属となるのが主な作用で、傷病を遠ざける効果は副作用。それは本当だ。
だが実を与える目的は副作用のほうが目当て。眷属とするのはあくまで副次効果。結果としてそうなってしまうだけ。
その証拠に、完全に人のくくりを外れてしまう前に命を終えるようにしている。完全に眷属化させてしまうのは世話人として召し上げる者のみで、それ以外の一族の者は完全に眷属になってしまう前に寿命を迎えさせている。
「わたしはただ、きみたちに健やかであってほしいのだよ」
これは鹿神としての優しさだ。でなければ、一族の者全員眷属に染め上げて不変の箱庭を作っているだろう。
そうしないのは優しさだ。人間が人間のうちにその生を終えられるように。間違っても踏み外すことのないように調整している。
そう答えるラカにシダリは食ってかかる。
「優しさって言うなら……『劣化』は?」
食べなければ死ぬ。その運命を課すことは優しさでも何でもない。
本当に『優しい』のであれば、実を食べるかどうかの選択を与えるべきだろう。
この事実を公表せず、騙すような振る舞いのどこが優しさだ。
シダリの糾弾にラカは頷く。そうだね、と何の感慨もないように。
「公表せず、と言うけれど……大人たちは皆知っているよ」
「え……?」
「きみの年齢くらいに、だいたいね」
知識欲が旺盛な者がおおよそシダリくらいの年齢になってくると、ふと興味を抱くのだ。『何気なくいつも食べているこの実とは何だろう』と。
そうして独自に調べ始め、やがて真実にたどり着く。シダリが今こうしているように。
「たどり着くというか……わたしが与えているのだけど」
わざと古書を持ち出させたり、さりげなくヒントを与えたり、あらゆる方法で真実の断片をばらまき、やがて答えにたどり着けるように。
鹿神としては知られても困る話ではないので最初から懇切丁寧に教えてやってもいいのだが、自力で得られず他者から与えられた答えでは納得がいかないだろう。納得できるように、ほどよく苦労して掴めるようにしてある。
そうして彼らは真実を知り、シダリが今こうしているようにラカを糾弾する。
「でも、彼らはそうしておきながら実を食べ、我が子に与えていく。……それはわたしの心に納得したからだ」
本当に悪しきものならば拒否するだろう。自分はもう逃れられずとも、生まれてくる我が子には食べないようにさせるだろう。
そうしないのはわたしの慈愛が正しく伝わっているからだ、とラカは続ける。これは鹿神なりの共存の仕方で、善いことだと理解したからだ。
「どうか誤解しないでおくれ。わたしはきみたちと一緒にいたいだけなのだよ」
信仰し、崇めてくれる者たちに応えて庇護したいだけ。一緒にいてほしいだけ。
エンゲージを開催し、嫁を求めることもそうだ。心許せる番が欲しいだけ。
「わたしが独善的な悪しきものならば、妻を人のくくりから外し、永遠に愛玩しているだろう。……だが、そうではない」
彼女たちも一族の者同様、人間の範疇で寿命を終えさせている。平均120年と少しばかり長いのは惜しむ気持ちがつい引き伸ばしてしまうからだが、しかしそこを堪えて人間の範疇におさめている。
もし仮に鹿神が独善的な悪しきものならば一族の者同様に永遠を与えて愛玩しているはずだ。
だがそうせず、きちんと人間としての命を終えさせている。人のくくりのうちに入れたまま、外させやしない。
「死別は悲しく苦しい。その痛みをわたしにもたらすとわかっていながら……それでもその境界は越えずにいる」
離別の悲しさを避けるために永遠を与えたりはしない。人間として終えさせる。
別れが悲しいからなんて自分勝手なことはしない。たとえ妻に涙ながらに懇願されてもだ。永遠に一緒にいるために眷属にしてくれと頼まれても断っている。
「それはきみたちを尊重しているからだよ。大事に思っている。だからこそだ」
ラカは極めて真摯に告げる。きみたちはわたしと同列になってはいけないのだ、と。




