花水木、萩切
「やらなきゃ……やらなきゃ……!!」
唯一の心の支えであるペンダントを握り締め、まるで悲鳴のようにハギネが繰り返す。
『やらなきゃ』が繰り返されるたびに重圧が増していく。もう地面にめり込んでしまうのではないかというくらいの圧だ。冗談じゃない。ミズキが呟いた。
「だから何だってのよ……!」
負けてられないのはこっちも同じ。
絶対に負けてられない。異能の力でもだし、何より想いで負けるわけにはいかない。あちらがラカのことをどれほど想っているかなんて知らない。だがハギネだってミズキの想いを知らないだろう。どれほど好きか。
「ん、もう……!!」
耐えながら歯噛みする。負けてられない、が、だからといって防御一辺倒の自分に打つ手はなく。このまま持久戦で耐えきれるか否かの勝負を続けるしかない。
異能の相性的にそういう戦いになるのは避けられないとはいえ。上から押さえつけるような重圧がものすごく重い。本当に見えない手で押さえつけられているようだった。
いつだったかに、異能の能力の内容は本人の気質をある程度反映すると教えてもらった。だとするならこの重圧はハギネが両親から受けてきた抑圧の象徴か。そんな考察をする余裕も奪い去られていく。
やばい。耐えられないかもしれない。あと少し重圧が増すだけでこの拮抗は崩れてしまうと直感した。まずい、が、どうしようもできず。
その時。
「きみの力はそんなものじゃないだろう?」
柔らかなラカの声がした。
重圧に耐えるのに必死で周囲の音を聞いている余裕のないはずなのに、ミズキの耳にその声は妙に明瞭に聞こえた。
「もっと見せて。ミズキ。きみの底を」
甘く誘惑するような囁き声が鼓膜を叩く。梅の香りがした。瞬間。ミズキの中で『何か』が変わった。
まるでスイッチが切り替わるように、ふっと表情が変わる。歯を食いしばっていた必死の形相は、まるで凪いだような無感情で冷ややかなものへ。目の光が消える。
「ラカ様……」
無表情のまま、ミズキが呟く。ぱりん、と防御壁が割れた。
重圧についに耐えきれなくなったのではない。ミズキが自分の判断で防御壁を解除したのだ。
だが、頭上に伸し掛かる重圧はそのまま。その見えない圧力がミズキの体を押し潰しにかかる。その寸前。
「あ」
誰かが呆然と呟いた。ミズキが手をひらめかせた瞬間、ハギネがその場に崩れ落ちた。上半身と下半身に分かれて。どさり、と音が二つ。倒れた衝撃で鎖が切れたのか、ペンダントがその横に頼りなく転がった。
「あぁ、切ったのか」
状況を把握し、ラカが感心したように呟いた。防御壁をどう攻撃に使うかと思ったら、成程そういう使い方か。
ミズキの防御壁の特性は把握している。防御壁を展開するため境界線を引いた時、その線上に何かしらの物があった場合、それは切断される。ものをまたいだ状態で防御壁を作り上げることはできず、境界線にあるものは問答無用で切られてしまう。防御壁は鉄壁の結界であると同時に鋭利な刃でもあるわけだ。
ではその境界線の上に人体があったら。人体をまたぐように境界線を引いたら。答えは地面に転がっているハギネが今証明している。
「これで決着だね」
ぱん、とラカが手を打って決着の合図を送る。その音ではっとしたようにミズキの目に光が戻った。
「え? 今、何が……?」
目の前の光景に呆然とする。ハギネだったものが地面に転がっている。上半身と下半身に分かれて、切断面から血を流して。
これを自分がやったということは記憶にある。確か、ラカの声がして、それから頭にもやがかかったような感覚がして、体が勝手に動いて、でもそれは意思に反したというわけでもなく。でも殺したかったなんて思っていたわけでもなく。じゃぁどんなつもりで異能を行使したのかというと説明ができず。
ただ戸惑うしかないミズキの肩を世話人が支えた。
「さぁ、未嫁さま。あちらへ」
世話人がミズキの手を引く。向かうのは寝室棟だ。昨日と同じく、他の未嫁たちも動揺する中で世話人たちに連れ出されていっている。
ハギネだったものに白い布が被せられる。転がった小さな銀の首飾りは無造作に拾い上げられる。淡々と、昨日と同じく庭が片付けられていく。
ラカはただ、うっそりと微笑んでいるだけだった。




