わたしの重圧
勝負の開始はラカが告げることになった。頼まれたラカはふたりの緊張など気にしたふうもなく、はい始め、と気の抜けた合図を出した。
「そんな気楽に……」
シダリが呟く。
しかし合図は合図。その掛け声でミズキとハギネの激突は始まった。
姉役としてどちらもよく知っているので、両者の異能についても熟知している。
ミズキは防御壁。手足で軽く叩いたりなぞった場所を起点に防御壁が展開される。半球状に包み込むような立体的なものから、薄い板のような平面的なものまで。ミズキの自由自在に展開することができる。
対するハギネの異能は、一言で言うなら圧力。空気圧を発生させて押し潰す。まるで見えない大きな手が上から押さえつけてくるように。
戦いの相性としては悪くないだろう。押し潰そうとしてくるハギネを防御壁で迎え撃つミズキの図になるはずだ。耐えきればミズキの勝ちという分かりやすい決着の予想図もある。
「それにしては表情が暗くないです? 何か気がかりがあるんですか?」
「ハギネが……ね」
解説を求めるモミジに答える。気弱そうなハギネの見た目に騙されてはいけない。彼女の異能の目覚めのきっかけは、彼女が両親からの抑圧に耐えかねた結果の事故だ。心身ともに押さえつけてくる両親に反発する気持ちが異能を目覚めさせた。殴りつけるために振り上げられた拳にやめてと叫んだその窮鼠の叫びが異能の力を目覚めさせ、虐待じみた行為をする両親を押し潰した。10歳のことだ。
そんな過去を持つハギネだ。『はずみで人を殺しかねない』のはカエデと同じ。
もしミズキが追い込みすぎたら、その緊張にハギネの心が耐えられなくなったら。ミズキに待っているのはきっとハギネの両親と同じ道だ。
「すんなり決着がついてくれるといいけど……」
祈るように呟き、ふたりの対決を見守る。どうかどっちも無事であってくれ。
固唾を飲んで見守る中、ミズキとハギネの激突は激化していく。今まさに押し潰さんとする圧力がかかっているらしく、それを防御壁で支え防いでいるようだった。
「負けない……けど、重い……っ!!」
ぎしぎしと防御壁が軋む。屋根のように頭上に展開した防御壁はハギネの圧力を受け止めて持ちこたえている。だがそれもいつまでもつか。
次の瞬間にはばりんと割れてぺちゃんこになってしまうかもしれない。その重圧に耐えつつ耐える。
きっと、ハギネはこれしか戦う手段がないだろう。押し潰すという単純な能力しかない。
だからこれを耐えきればハギネは次の手がない。あちらもそれがわかっているからそれに全力を傾けている。
「やらなきゃ……やらなきゃ……!!」
ぎしぎしと圧力をかけながらハギネが呟く。
いつまでかかっているんだ、と脳裏に声がする。無能な娘め、お前はダメな子だ、と責め立ててくる声が聞こえる。もう現実に両親はいなくても、両親の幻影が彼女を叱る。
ごめんなさい。ごめんなさい。泣きそうになりながら必死に力を集中させる。早く決着をつけないと。勝ってラカさまのお嫁さんにならないと。じゃないとまた殴られる。食事無しで暗い部屋に閉じ込められてしまう。自分の至らない部分を述べた反省文を書かされ、音読させられ、一項目ずつ謝罪しなければならなくなる。期待に応えないと。
「……『悪い子』はだめ……『いい子』じゃないと……やらなきゃ……やらなきゃ……!!」
すぐにできない子でごめんなさい。せめて少しでも早く完了させて過失を取り戻さないと。
だからやらなきゃ。潰さなきゃ。殺さなきゃ。怒られないようにしなきゃ。
ハギネはペンダントを握り締めた。幼い頃、両親に罰として真冬の庭に叩き出された時、ラカがくれた小さな銀の飾り。何かの特別な力が込められているわけでもない。だがハギネにとってはどんなつらい罰にも耐えるための支えだった。これがあれば何だってできたし、どんなことだって我慢できた。
ぐ、と手に力を込める。同時に、ぎし、と圧力が増した。




