59 魔人ダヴィと闇魔法
ロザリーたちが去ったテール平原だった。
演習を終えたその場に、ソニアたちは佇んでいた。パンジャマンと虎魔人たちは、ここにはいない。オースティンたちに捕らえられた3人の魔人は、ジョアンヴィル家の戦士たちに連行されていった。
「えっと、師匠?」
「ああ。億劫だけどやるしかねえな」
溜息を吐いたオースティンは、ある一角に目を向けた。
「いくぜ。グラディン」
唱えた瞬間だった。地面に穴が開いて、即座に広がっていく。穴の周りの土がどんどん積みあがっていくが、穴の拡張は唐突に止まってしまう。
ソニアはごくりと息を飲んだ。そして、それを見つけてしまう。
冒険者風の男たちの、死体の数々をー―。
「うわ・・・。グロ・・。でも。情報通りっすね」
「えっと、死因はなんだろな。斧でやられた奴に、こっちは爪か。あ、打撃で体がつぶれているのもあるな。ま、情報通りか。おそらく、あの魔人たちにやられちまったんだろう」
オースティンは痛むように空を見上げ、静かに祈りを口にした。
「これで、全部か?」
「あ、ああ。そうだ。これで、全員だ」
コウモリ魔人のダヴィは、呆然としていた。それでも焦点がブレている気がする。土の中から現れた、冒険者たちの死体を見ないようにしていた。
死体はロザリーと聖女の部隊を護衛していた冒険者だった。万が一に備え、隠れて護衛していた彼らは魔人の奇襲にあって命を落とした。
「ギルドから貴族の護衛を任されるほどの冒険者が、こんなに簡単にやられるなんてね」
「これが闇魔法の恐ろしさだよなぁ。こいつの力があれば、熟練の冒険者にも気づかれずに奇襲をかけられるってこった。上下2属性が使える魔術師がいるだけで戦力は倍増しちまうって寸法よ。魔人の討伐態勢は、見直さなきゃなんねえかもしれねえ」
「い、いや・・・。俺は、そんなたいしたもんじゃあ・・・」
謙遜するダヴィを、オースティンはあきれたように見つめてしまう。
ここに来る途中で、このダヴィというコウモリ魔人から様々な情報を得ている。ジャドゥが闇魔法を駆使して様々な情報を得たのだ。
「い、いいわけは、しねえ。俺の・・・・。俺と、俺の仲間がやったことだ」
「で、でも! 直接手を下したわけじゃあないんでしょう?」
必死でかばおうとするソニアに、当のダヴィは静かに首を振った。
「お、俺が、彼らの死に関係があるのは確かなことだ。俺が、仲間たちを隠した。俺が気づかれないように魔法を使ったことで彼らは・・・。少し、調子に乗ってたんだ。●●●様から教わった闇魔法を」
「ダヴィ!」
ジャドゥが止めるも、一歩遅かった。ダヴィが、止まった。まるで一時停止したように、しゃべる途中で動きを止めたのだ。
「! ちきしょう! しくじった! サーラ! ジャドゥ様を!」
オースティンが叫ぶが、一歩遅かった。ダヴィが、瞬時に動き出した。自身を拘束していた縄を引きちぎり、右手を突き出した。
「くっ! あんた!」
「ちがう! 俺は!」
焦るサーラと、あわてて首を振るダヴィ。だが、ダヴィの右手から巨大な土弾が構成され、ジャドゥに向かって突き進んでいく。
「うわっ! と、と!」
ジャドゥを押しつぶすはずの土弾は、粉々に砕かれた。誰よりも早くジャドゥの前に立ちふさがった、ソニアの手によって!
まるで瞬間移動したようなソニアに、ダヴィは戸惑った。だが、攻撃の手は緩めない。力の限り土弾を放ち、ジャドゥをしつこく攻撃し続けていた。
「ちっ! こいつ!」
「プリエスト」
オースティンが対処するより先に、ジャドゥの魔法が完成した。黒い魔弾は土の弾丸を波打つように回避して、ダヴィの頭に直撃する。瞬間、ダヴィが糸の切れた人形のように、膝をつき、倒れていく。
「きう! きう! きう!」
サーラが運ぶコウモリの鳴き声が、ソニアの耳にいつまでも残った。
◆◆◆◆
「ちきしょう。俺としたことが」
「あっしから見てもきちんと縛っていたのに、拘束を振り切るなんて」
苦虫を嚙み潰したようなオースティンとサーラだった。2人は相当に悔しいようで、うつむいて歯を食いしばっている。
「まったく、ね。まさか、ここまで深く顰めさせた使い手が、魔人にいるなんて」
「ジャドゥ?」
ソニアを押しのけて、ジャドウはダヴィに近づいていく。そして、倒れた彼の胸にそっと手を当てた。
「やっぱり、ね。ほんのわずかだけど、闇魔法の気配がする。この魔人はこれに操られたということか。これを成し得るだけの闇魔法の使い手が、魔人側にいるということ」
立ち上がり、唇に指をあてた彼女は何かを考えこんでいるようだった。
「おそらく、マニプレートの魔法ね。設定した条件を満たしたら、敵を力の限り攻撃する、そんな魔法をかけられていたのよ」
「マニプレート・・・。あの、悪名高い?」
ジャドゥが頷くと、ソニアはごくりとつばをのんだ。
マニプレートは相手の意志を縛るという凶悪な闇魔法だ。すべての行動を操る支配と違い、効果は限定的だ。だが、厄介な特徴もあった。一度掛けられれば効果は永続的で、条件を満たした瞬間に、事前に設定した行動を取ってしまう。
今回も、ジャドゥが止めなければ死ぬまで魔法を打ち続けたに違いない。
「さっきみたいに攻撃してきたのはその魔法のせいってことっすか? うへぇ。それ、厄介じゃないっすか?」
「マニプレートはめんどくせえんだよな? こいつは相手の心の奥深くに潜む。ジャドゥ様がいなかったら掛けられていることにも気づかなかったかもしんねえ。まあ、対象は闇魔法の使い手に限定するとか、細かい条件があるんだが」
オースティンの言うとおりだった。マニプレートの魔法はかなり凶悪だが、掛けられる相手が限定されるのは唯一の救いだろう。そのことにほっとしていると、サーラから意外な言葉が掛けられた。
「で、どうします? そいつ、殺しますか?」
「へ?」
ソニアが戸惑っている間にも、会話は進んでいく。
「いや、殺すしかないっしょ? 闇魔法の使い手は危険っす。未熟なこの男でも、熟練の冒険者を全滅させられたりするんっすから。捕らえられたのは幸運っす。すべての情報を吐かせたら・・・・」
「だ、駄目だよ! 殺すなんて!」
慌てて止めたソニアだが、サーラの表情は変わらない。助けを求め、ソニアはジャドゥに縋った。
「私たちは、安易に殺すなんて選択肢を選んじゃいけないんだ! ねえ、ジャドゥ!」
「殺さないで、どうするつもり?」
冷淡に突き放すジャドゥに、ソニアはごくりとつばを飲んだ。
「確かに私ならマニプレートを解除することもできるでしょうね。でも、なぜ私がそこまでする必要があるの? 相手は魔人よ。人間と敵対する可能性は高い。助けたって裏切られる可能性だってあるわ」
「でも、もしこの人をこちらに引き込めるなら、ジャドゥの計画はかなり前進するんじゃない?」
言い募るソニアに、ジャドゥはピクリと頬を動かした。
「なんすか。その、ジャドゥ様の計画って」
「考えたんだ。ジャドゥはなんで、リースとディオンを助けることに賛成したかって。魔人は全部的だと思ったほうが、ジャドゥにとっては楽なんじゃないかなって。でも、ジャドゥはリース達を助けることを選択した。それは、ある程度やったら魔人とも手を結ぶことを考えているんじゃないかな」
思わぬ冷静な指摘だった。サーラは目を丸くして、オースティンは面白がるような顔で見守っている。
「ジャドゥ様が、人間を裏切るって言うんすか!」
「そうじゃないよ。敵対してくる魔人は迎え撃つ。当たり前のことだ。でも、だからと言って関係のない魔人まで敵視するのは違うと思う。領地で暴れた魔人みたいなのばっかりじゃないの、リース達を見ていれば分かるし。それと同じように、闇魔法を使えるからって、敵対する人ばっかりじゃない。むしろチャンスなんじゃないかな? 闇魔法を扱える魔人を、こっちに引き込むための」
ジャドゥは横目でソニアを見つめた。
「その魔人を取り込むことが、戦いを有利にすると。魔人の穏健派を引き込むことにつながると、あなたは考えているのね」
「そうだと思う。聞く限り、闇魔法を使える魔人の地位は、まだまだ低い。貴重な人材を使い捨てにしようなんて、正気とも思えない。だから私たちは、闇魔法使いをこっちに引き込む。ダヴィを通じて闇魔法使いたちを尊重すると伝えられれば、趨勢をも変えていけると思うんだ」
しばらくソニアを睨んでいたジャドゥは、ふと溜息を吐いた。
「まったくこの側近は、面倒事ばかり押し付けるんだから。この件は、少し預からせてもらうわ。ベリルとも相談して、一番いい手を考える」
踵を返すジャドゥは、最後にソニアを振り返った。
「あなた、まさかコウモリと遊びたいだけってことはないでしょうね」
「それもある。だって、ジルちゃんってかわいいんだもん。今はつんつんだけど、きっとでれてくれるって信じてる。あの子、性格もいいみたいだし!」
手を組んで祈るソニアから目を反らすと、ジャドゥはそのまま歩き出すのだった。




