60 闇魔法への恐怖
演習から数日たった、ジョアンヴィル家の館の中だった。
「増えてる!!」
ロザリーは思わず叫び声を上げた。ジョアンヴィル家の館の中で、コウモリのような羽を生やした魔人が働いていたのだ。
「前に来たときは2人の子供だけでしたよね? え? なんで新しい魔人が働いているんです? おかしいでしょう!」
「いや、使ってみると意外とよく働いてくれるんだよ。いろいろ気が利くし、こんな人材、よく見つけてくれたもんだよなぁ」
ソファーにゆったりと座り、優雅にカップを掲げるベリルだった。
「えっとぉ。ダヴィは、ここで働くようになった新しい使用人だよ。ほら! リースやディオンとも結構仲いいみたいだし、師匠の言うことも聞いてくれる。ジルの主人でもあるし、いい人みたいだからさ」
「ソ、ソニア! 可愛い生き物の主人だからって、だまされてはダメ! その人、魔人なのよ!!」
相変わらずの剣幕のロザリーだった。ソニアは汗をかきつつも、膝に乗せたコウモリを撫でるのをやめる様子はない。
「んふう! さすがはジョアンヴィル家。子供だけでなく大人まで雇うとは。懐が深い」
「それでなんであなたもいるんです! なんでソファーでゆったりしているんです!」
「うちの中兄貴がすみません」
再びソニアの様子を見に来たロザリーだが、使用人として働きなじめたダヴィに怒りをあらわにした。そこになぜかシモンとユーグがいることも、感情を乱された要因かもしれない。
「す、すみません。ジャドゥ様の推薦で、ここで働かせていただくことになりました。ダヴィと申します。よ、よろしくお願いいたします」
「しかも無駄に礼儀正しいし! 魔人なのに!」
魔人たちを指さすロザリーだった。
「ご、ごめんなさい。おじさんも帰る場所がないらしいから。匂いはどうかと思うけど、親切でいい人なんです。お姉さんが私たちのことを嫌いみたいすが、どうか」
「!! そうではなくて!!」
妹のオデットよりも年下なリースに謝罪され、怒りの矛先がないようだった。
「お嬢ちゃんの気持ちは分からんでもないがよ。家主が認めたんだ。その方針に従うのは当然のことじゃねえか? 大丈夫だ。ここ数日見ていたが、俺から見てもダヴィが裏切る可能性は低いと思うぞ」
「オースティンさんまで!!」
射殺さんばかりに睨むロザリーを、オースティンはまるで気にする様子はなかった。
「ああ、そう言えばいい機会だ。ロザリーお嬢様に、頼んでおきたいことがあるんだ」
「ちょっと待ってください! オースティンさん!!」
机を叩いて立ち上がるロザリーに、面白がるように笑いかけるオースティン。
そして彼は、思いもよらぬことを頼みだした。
「実はよ。ソニアの護衛がてらに学園の特別教員になろうかと思ってんだ。ロザリー嬢ちゃんにはそのための援護を頼みたい。生徒に強い影響力のあるお嬢ちゃんに頼めば鬼に金棒じゃねえか。すまんが、何とか力添えを頼めねえかな」
ロザリーの目はいぶかし気だった。
「オースティンさん、以前は確か、教師になるつもりはないと言っていませんでした?」
「最初は俺もそのつもりだったんだがよ。この前の一件でちょっと変わったんだ」
オースティンはちょっと照れ臭そうだった。
「この前の一件というと、もしかしてあの演習のことですか? あの日は後方に怪しい気配がしていましたが、もしかして魔術師殿が?」
「さすがだな。ちょっとした情報があってよ。俺たちがひそかに護衛していたんだ。その時に知り合ったのがこいつさ」
「本当に、申し訳ございません」
ふんぞり返るオースティンと、なぜかこの場にいるシモンだった。彼らとは対照的に、ダヴィは申し訳なさそうに頭を下げていた。
「あの日、オースティンさんがあそこにいた? そこで知り合ったって・・・。私たちを護衛していた冒険者が、亡くなってしまったと聞いています。死因については伏せられてしまったけど、もしかしてあなたが関係しているんじゃないでしょうね!」
「それについては俺の口からは言えねえな。だが、ダヴィの奴は貴族でも珍しい特徴を持っている。俺が保証するぜ。こいつは魔人だが、鍛える意味は十分にある」
ロザリーは混乱の極みにいるようで、オースティンとシモン、ダヴィの顔を何度も見比べてしまっている。びくびくするダヴィとは対照的に、シモンはうれしそうだ。
「正気、ですか!! 相手は魔人なんですよ! 私たちの敵の! 100歩譲って、子供はまだ理解できます! 納得はできないですけど! でも、彼は大人の魔人でしょう! いつこちらに牙をむくかわかったもんじゃない!」
「確かに、こいつは魔人だが、大人のこいつを鍛えることに意味がないわけじゃねえ。こいつがこっちに味方すれば、魔人全員が俺たちの敵になるわけじゃないって証明できるんだからよ」
めんどくさそうに耳をほじっていたオースティンは、真剣な目でロザリーを覗き込んだ。
「人間と魔人の争いは始まっちまった。あいつらはいくつもの街を滅ぼし、今なお多くの人間に大きな損害を与えている。あいつらに殺されちまった人間も少なくないだろう。だが、だからと言ってどちらかが滅びるまで殺し合わなきゃいけねえのか? そうじゃねえ。ある程度で殺し合いを辞めなきゃいけねえ。その時に、人間に協力した魔人がいりゃあ、その後の対応も変わってくる」
「ふざけないでください! だからと言って、その男を信用しろとでもいうんですか! 第一、その男がこっちに協力したからってなんだって言うんです! コウモリの魔人でしょう? 魔人の中での発言力があるとは思えない!」
オースティンとロザリーの言い合いを、おろおろしながら見つめるしかないソニアだった。
「今のところは、な。確かにコウモリの魔人は地位が高くないそうだが、これからこいつの立場は変わるかもしれねえ。何せこいつは、黒の資質に目覚めたんだからよ」
「黒の、資質・・・。オーギュスティーヌや、ジャドゥ様と同じ・・・。魔人、なのに?」
オースティンはまじめな顔になった。
「専門家として言わせてもらうぜ。闇魔法って言うのは相当にヤバイ。直接攻撃の技こそないが、隠蔽にかく乱だけじゃなく、支配っていうやべえのもある。さらに、四大属性すべてとつながりやすいっていう特徴があるんだ。攻撃と同時にデバフを掛けちまうことだってできちまう」
「んふう。旧帝国で、最も優れているとされる属性ですな。精霊教ではいまだに闇の巫女が最高位らしいですし」
同意してくれたシモンに頷くと、オースティンはロザリーを再び見つめていく。
「上下二属性は、お互いにしか影響を与えないという特徴がある。もし闇で襲われたら、4大属性で解除するのは難しい。可能性があるのは高度な風魔法の使い手くらいか。それだって、あの日森にいた奴じゃあ無理だろうな」
「デボラは! そんな未熟者じゃない! あの子だって、本気で強くなろうとしているんです!」
机を強くたたきながら抗議するロザリーだった。
「なんですか! 意味が分からない! その魔人を取り立てようとするのも、デボラをあからさまに批判するのも!」
「言ったろ? 状況が変わったって。魔人たちの中でも変化が訪れたんだ。今はまだ、力の強い魔人のほうが尊敬される機運があるが、これが覆ったらやばい。こっちに甚大な被害が出るかもしんねえ」
ロザリーは、ダヴィを睨んだ。
「魔人の中でも闇魔術師の地位が上がる可能性があると」
「ああ。今までの身体強化優先の状況から、魔術を扱える存在を評価する方向にな。これからは物理攻撃だけじゃなく、魔術への対策をもっと考えなきゃいけねえ。なら、知識や術式だけじゃなく、実戦でどんな魔術が役立つかを教えこまなきゃなんねえって寸法だ」
シモンがきらりと目を輝かせた。
「なるほど。その分野なら魔術師殿が最適ですね」
「ああ。ソニアやユーグの話通りなら、学生たちが戦場に立たされる可能性は高い。そいつらが生き残るためには何が必要かを考えるとな。現役の俺の話は、少しは参考になるはずだ」
目を輝かせたシモンに、ジャドゥが同意する。
「そうね。もし学生たちが戦闘に参加するなら、実戦で役立つ魔法の存在は有利になる。死亡率も極端に下がってくれるでしょうね。特に闇魔法対策は、専門家からしか聞けないから。私が学園長に話してみるつもりよ。まあ、闇魔法対策というよりもジョアンヴィル家からのお願いというのが主題になりそうだけど」
ジャドゥは息を吐いて、ロザリーに向きなおった。
「提案が通ってから、あなたにも働いてもらうわ。学生の死亡率を押さえるために、この策に協力してもらうわよね?」
「・・・」
歯を食いしばるロザリーを、ソニアは見ていることしかできないのだった。




