57 闇魔導士との戦い
「ばかな・・・。な、なぜ」
牛の魔人はうめいた。構えた斧も、心なしか震えている。闇魔法で隠れていたはずの自分たちが、あまりにあっさりと補足されてしまったのだ。
「く! そうか! コウモリ野郎の魔法が未熟だから!」
「確かに、あの魔法には改善の余地がある。でも、今回の原因はあきらかでしょう? 術の中であんなに叫んでいたのに、ばれないとでも思った? 魔法は万能じゃない。運用には十分に注意しないといけないのに」
次に姿を現した少女だった。黒髪のおかっぱ頭の彼女はあきれたように続けていく。
「魔人って言うから警戒していたのにちょっと肩透かし。悪いけどここまでよ。これ以上、学園生たちは狙わせない。ここで止めてあげる」
「くっ! 撲滅聖女の取り巻きのくせに!」
「我らが恨み! 人間どもに思い知らせてくれる!」
ダヴィが止める間もなかった。仲間の魔人たちが次々と魔物をけしかけた。彼らが操るのはサベージュトロオゥとセブンフォックス。どちらも普段は穏やかな魔物だが、魔人に操られることで凶悪さを増す。4体もの魔物が、角を突き出してソニアたちに突進していくが・・・。
「ほらよ!!」
炎の鞭だった。それは牛の額をしたたかに打ち据え、動きを止めた。
「あはははは! すきだらけーっす!」
そして、動きを止めるのは戦場では命とりだ。脚を止めたサベージュトロオゥ達に、サーラが次々とナイフを繰り出していく。暑い皮膚に覆われているはずの魔物の首を、簡単に切り裂いていた。
「ば、ばかな・・・。セブンフォックスはともかくサベージュトロオゥもいるんだぞ! こんなに簡単に倒せるわけが!!」
「は! これだから頭の悪い魔人どもは! 対象が分かってんならやり様はいくらでもある。本職の魔術師を舐めんじゃねえぜ!!」
オースティンの嘲笑に、パンジャマンは歯を食いしばることしかできない。
「旦那! まずい! 連れてきた魔物が、やられちまった!」
「お前のせいだろう!!」
吐き捨てるように叫んだパンジャマンに、ダヴィは目を見開いた。
「お前の術が未熟だから簡単に捕捉された! お前の隠蔽が未熟だから魔物の奇襲を察知された! 全部! 全部お前が!」
「あら? そう卑下する者ではないでしょう? 闇魔法の専門家として言わせてもらうけど、彼のカシェルはかなりのものだったわ。大声で話されていなかったら、補足するのにもう少し時間が掛かったでしょうね」
パンジャマンがすさまじい顔で睨んできたが、ジャドゥは涼しい顔のままだった。
「さて、っと。悪いけど、いろいろ吐いてもらうよ。ここにいるはずの護衛たちをどうしたか、とか、どうやってこの演習の情報を知ったか、とか」
「がああああああああああああああああああ!!!」
ソニアの言葉を遮っての奇襲だった。敵は、ヴァルティガー。小型な個体だが、虎の魔物は凶暴で凶悪だ。熟練の冒険者でも苦戦は必須の相手だったが・・・。
「よっ! はっ! そりゃ!」
ソニアに慌てる様子はなかった。魔物の動きに合わせるように後退し、襲撃を避けた。そして合間合間に、小ぶりの攻撃でヴァルティガーにダメージを与えていく。
そして―――。
「これ、でええええ!!」
大ぶりのメイスの一撃は、しかし空を切る。つなぎにと振るった3撃はソニアの予想以上の威力があったらしく、凶悪な魔物を吹き飛ばしてしまった。
ヴァルティガーはピクリとも動かない。止め前の3発で簡単に沈黙してしまったようだ。
「え、えっと・・・。うーん。あれ?」
「くっ! これが、撲滅聖女の実力だとでもいうのか」
いぶかし気なソニアと、動揺を隠せないパンジャマンだった。
「ここまでか! ええい! 俺様の足を引っ張りおって! ダヴィ! 責任を取ってこの場を制せよ!」
「え? た、旦那! そんな!」
言うが早かった。パンジャマンは迷わず逃走に移った。配下の狐魔人や虎魔人も彼に習う。手を伸ばすコウモリ魔人を気にも止めず、後方に走り出した。
「迷わず逃げるというの!?」
「ふはははははは! この場の勝利はくれてやる! 次は必ず殺してやるからな!」
捨て台詞を残して去っていくパンジャマンだった。呆然としたのは一瞬だけ。ソニアたちは即座に追撃しようとするが、すぐに足を止めてしまう。
コウモリの魔人と2体のサベージュトロオゥが、ソニアたちの前に立ちふさがったのだ。
「捨て駒にされたのに、それでもあいつらをかばうっての!?」
「黙れ! こうなったらただではやられねえぞ! 最後まであがいて、喰らいついてやる!」
コウモリ魔人のダヴィは、青い顔のままソニアを睨みつけた。
「あいつらは任せろ! サーラ! 行くぞ!」
「い、いいいいい! え? あたしっすか? ええー!?」
ダヴィと魔物をすり抜けて、オースティンとサーラは追撃へと移っていく。手を伸ばすダヴィや襲い掛かるサベージュトロオゥたちをあっさりと回避していく様は、ジャドゥが感嘆の息を漏らすほど見事だった。
「く、くそ!! でも、お前たちは通さねえ! しばらくは俺に付き合ってもらうぞ!」
「ええ? まあ、師匠たちに任せておけば大丈夫だろうけど」
頭を掻いて渋面になるソニアだった。
「見捨てられたのに、それでも義理を通すの? あなたを、バカにするような相手なのに?」
「うっせえな! 相手がどうとか関係あるか! 俺の問題なんだよ! 相手がだれであれ、どんなヤツであれ! 俺が裏切るような男かどうかが問題なんだ!」
反対に叫ばれ、ソニアは口ごもった。
「魔人というのは本当に愚かね」
「ああ! てめえ! 人間のくせに馬鹿にしてんのか!」
ジャドゥはそっと首を振った。
「人間が魔人よりも優れている点は、分かる? 人間は、魔族に比べて魔力の資質が高い。祖先たる魔物の資質を引き継いでいるケースは多いけど、それでも人間ほど安定した資質を持ってはいない。だから、あなたのような闇魔法の資質を持つ人材はまれなはず。あいつらは絶対に、あなたを守らねばならなかった。それなのに、あなたの仲間はあなたを見捨てた。力が強いだけの牛魔人や凶暴なだけの虎魔人よりよっぽど有能なのにね」
「な、なにを・・・」
ダヴィはあからさまに動揺していた。
「そだね。それ以前に、仲間を簡単に見捨てる奴に、誰がついてくるって言うんだろう。そんなことを続けていればすぐに信頼を失ってしまうでしょう? ただでさえ、数の上では魔人は人間に及ばないんだし」
「やめろ・・・。やめてくれ!」
大声でソニアたちを遮ると、ダヴィは鋭い目をしてソニアを指さした。
「ジル!!」
「!!!!」
ソニアは反射的に飛びのいた。その瞬間、それまでソニアがいた場所に何かが下りてくる。間一髪で奇襲を回避したソニアは、すぐに理解する。
大きなコウモリが、上空から降下してきたのだ。
目を見張るソニアの前で、コウモリが大きく口を開けた。
「ーーーーーーー」
「え? なに!?」
またしても反射的に飛びのくソニアだった。そして気づく。コウモリの口から衝撃波のようなものがとびだしたことを!!
「え? あ! そっか! 超音波! でも甘いよね」
ソニアはひょいと飛びのいて、コウモリの一撃を回避した。
「く、くそう! 撲滅の聖女は、あれも躱しやがるのか」
今度はソニアの番だった。今度は大きなコウモリに向かって指を突き付けた。
「!! ジル!! 避けろ!!」
ソニアの指から伸びたのは、白い弾丸。まるでレーザーのように尾を引いて伸びるそれを、しかしコウモリは済んでのところで回避する。続けてはなった白の魔法も、コウモリは華麗な動きで躱してしまった。
「ジャ、ジャドゥ・・・。どうしよう!」
「なに? 打ち続ければいいじゃない。一発当たれば終わりでしょう?」
ソニアの顔はうるんでいた。
「あの子、かわいい!」
「は?」
ジャドウは思わず疑問を投げかけた。
「正面から見るとめっちゃ可愛いんだけど! なにあれ? コウモリってあんなに愛嬌があるの? あんなかわいい子を傷つけるなんてできないよ!」
「あなた・・・・。そんなこと言っている場合じゃないでしょう!」
思わず叱りつけるジャドゥだったが、ソニアはいやいやと首を振るばかりだった。その隙に襲い掛かってきたサベージュトロオゥ達を簡単に撃退しながらも、それでもコウモリを攻撃するのを躊躇してしまっていた。
「はぁ・・・。シンカー」
「!!!」
ジャドゥの手のひらから飛び出したのは、黒い魔力でできた投網だった。それはコウモリの頭上に放たれ、巻き付いて。身動きできないように拘束していく。
「ジ、ジル!」
「終わり、よ」
唐突に聞こえてきた声にぎょっとしてしまう。ダヴィの目の前に移ったのは、ナイフを振りかぶるジャドゥの姿だった。
柄で殴りつけられ、みぞおちを蹴られたダヴィは、続く一撃で大の字になって倒れてしまった。
「ジャドゥ!!」
「使い魔は助けてあげたんだから感謝なさい。あとは、あなたの師とあなたの姉たちが課題を達成するだけね」




