56 平原の魔人たち
任務を終えた、帰り道のことだった。
「!! みんな! 気を付けて!」
デボラの警告に、3年生たちが臨戦態勢を取った。
「デボラ?」
{!! そんな! 確かに敵は、いなかったはずなのに!」
パーティーの探索役が動揺している。その理由を、全員がすぐに理解することになった。臨戦態勢の魔物の群れが、姿を現したのだ。
「ば、バカな!? サベージュトロオゥの群れに襲われているだと!?」
「こんなに興奮している魔物を、見落としたってこと?」
ジョス教師とデボラが叫ぶが、事態は変わらない。一行が20体近い魔物に囲まれているのは確かだった。
「んふう! デボラが見落としたとは考えづらいですが、こうなってはやることは一つですね!」
「ええ。でも、作為的なものを感じますね」
シモンとロザリーは冷静に武器を構えた。
牛の魔物、サベージュトロオゥはそれほど好戦的ではなかった。他の魔物と同行するときはともかく、同種で群れをつくっているときは穏やかな性格が顔を出す。接敵してもうまく対処すれば戦闘を避けられる相手のはずだった。
「くそっ! 魔物よけの煙は・・・。だめだ! 全然興奮が収まんねえ!」
ジローが吐き捨てた瞬間だった。3体ものサベージュトロオゥが角を突き出しながら突進してきた。さっき倒した魔物よりは体格は小さいが、数が多い。牛の角でこちらをくし刺しにするつもりなのだ。
「ぶるるるるるるる!!」
「みんな! 僕を盾に!」
盾役のブレーズだった。ぽっちゃりとした体に似合わぬ迅速な動きで魔物の前に立ちふさがった。その後の動きも見事だった。突進してくるサベージュトロオゥを闘牛士のような動きで反らしていく。その献身的な動きにより、3体のサベージュトロオゥはパーティーをそれて走りぬいていった。
「ウインドスラッシュ」
「トゥルビヨン」
追撃したのは、2つの魔法――。ロザリーとシモンが放った風魔法は、2体のサベージュトロオゥに大きなダメージを与えていた。
そして、聖女エリーゼは――。
「エオリンヌ」
魔法で宙に、巨大な風車を作り出した。
回る風車から発せられた無数の風の刃が、魔物たちを切り裂いていく。ロザリーとシモンが打ち抜いた魔物に止めを刺し、そして3体目の胴を深く切り裂いた。
「バロン」
傷ついた3体目を屠ったのもまた、聖女の風魔法だった。胴を切り裂かれたサベージュトロオゥは、頭も打ち抜かれ、音を立てて倒れた。その結果を見ることもなく、聖女は前方だけを見つめていた。
「せ、聖女様・・・」
「あの魔物たちは、見ているだけ? ジョス様。今のうちに」
冷静に指摘する聖女に、ジョス教師は慌てて道具袋をまさぐった。そして玉を上空に投げつけた。信号弾だ。
信号弾は上空で音を立てて破裂した。だが、しばし待てども返答はない。来るはずの信号弾への返答が、何も送られてこないのだ。
「へ? 護衛が来てくれるんじゃなかったの?」
「向こうでもトラブルがあったということ?!」
ぽかんとした声のブレーズと、爪を噛んだデボラだった。
「んっ! ふあああ!!」
飛び込んだのはシモン。獲物のエストックを片手に魔物の群れの中に躍り出た。輝くような笑顔を見せた彼は、流れるような動きでサベージュトロオゥの眉間を貫いていく。
「! シモン様! まだ!」
「んふう! ご心配なく!」
振り返ることもなかった。背後から襲った魔物の首を振り向きざまに薙ぎ払い、次の獲物の額を勝ち割った。
「すげえな! さすがバルセロナ家の至宝!」
「ノンノン。シローくん。まだ終わっておりませんよ。相手の戦意は衰えれいないようですし」
シモンの言うとおりだった。臆病なはずのサベージュトロオゥは、興奮が冷めた様子はない。射殺さんばかりの目でシモンを睨んでいた。
「んふう。興奮したサベージュトロオゥと言え、これだけ倒せば怯むものですが。まだ害意は衰えていないようですねぇ」
「シモン君! 僕の後ろに!」
考えながらも、シモンは素早く後ろに下がった。そしてブレーズを中心に、3年生たちとエリーゼが陣形を敷く。ジョス教師が慌てて陣の中心に移動していった。
「さすが、ですね。油断はない。これが学園生の力というわけですか!」
「聖女様、油断成されぬよう。これだけの数の魔物に襲われるのは想定外ですから」
緊張感が籠ったロザリーの言葉に、エリーゼが薄く笑ったようだった。
◆◆◆◆
ロザリーたちのパーティーから少し離れた場所だった。
「ぐははははは! 順調ではないか! 見たか! 俺様の秘術を!」
「ええ。すごいもんですね。なんで俺はこんなことしているんだか」
豪快に笑う大男に、やせて陰気な印象がある男が小さく溜息を吐いた。
奇妙な一団だった。黒いローブを纏ったその姿は、一目で怪しいと思われるものだった。特に大男のフードは奇妙に盛り上がっていた。まるで剣闘士のように鍛えられた筋肉を持っていると予測され、堅気ではない危険な空気を漂わせていた。
「隠したと思ったら、いきなり死体の始末をさせられるとは思いませんでしたよ」
「ふははははは! 陰気なコウモリを使ってやっているんだ。少しは感謝するんだな! だがみろ! おかげでガキどもはどんどん消耗しているではないか!! 役に立たぬ貴様も、これで少しは見直されるということだ!」
大男の言うとおりだった。
サベージュトロオゥの群れに襲われて、ロザリーたちは少しずつ消耗していた。動きに精彩がなくなり、細かい傷を負うことも増えている。
「もう少し消耗したら、俺たちも行くぞ! 見ているだけなのは性に合わぬ!」
「は、はい、わかりました。で、でも気を付けてください。ターゲットはあくまで学園生で、聖女は別です。今はまだ、精霊教を本気で敵に回す気はないようですから」
その言葉が気に食わなかったのだろう。大男は陰気な男に食って掛かった。
「貴様! 陰気なコウモリ無勢が、この誇り高き牛魔人に逆らうか! お前ごときがこのバンジャマン様に命令するなど、100年早いわ! あいつに気に入られているからって調子に乗るのもたいがいにせよ!!」
「しー! もう、ばれたらどうするんですか。 俺の魔法だって万能ってわけじゃないんですよ」
声を潜めるよう促すが、その男――パンジャマンは不敵された様子だった。
「ふん! この未熟者が! 声を顰めねばならんのは! 何年も修行と称する戯言を続けていてもこんなものよ! ダヴィ! 貴様のせいで時間が掛かっているのだぞ!」
「分かりました! 分かりましたから! 今は、声を潜めてください!」
大男の剣幕を、必死で押しとどめた陰気な男だった。仲間たちは、止める様子もない。大男のパンジャマンに同意しているようで、それがこの男――ダヴィの立場を表しているのかもしれない。
ダヴィはひそかに溜息を吐いた。
ダヴィを憂鬱にさせたのは、事あるごとに罵ってくるパンジャマンでも、冷たい視線を向けてくる仲間たちの存在でもなかった。たしかにパンジャマンをはじめとする魔人はことあるごとにダヴィを罵ってきたが、そういう扱いには慣れていた。
コウモリの魔人は、犬の魔人以上に見下される傾向にある。他の魔人と組むと、罵られることも少なくなかった。特に今回は力の強い牛の魔人に加え、狐の魔人や虎の魔人までいる。コウモリの魔人でも最下層のダヴィはいつも以上に肩身が狭かった。
だからこそ、ダヴィが気にしているのは他のことだった。
「学園生って、まだ10代後半くらいの子供ですよね? 魔人のためとはいえ、子供を利用するんですか? さっきだって、護衛の人間たちをたくさん殺してしまった。あの人たちが、魔人に何かしたわけじゃないのに」
「貴様!! なにを甘いことを!!」
パンジャマンに胸ぐらをつかまれ、中刷りにされてしまう。
「あいつらは、敵だ!! 魔人を迫害する人間だぞ!! しかも! 学園に通うのはほとんどが貴族だ! 俺様達の障害になるに決まっている! 敵はすべて殺す! お前だって、家族を人間に殺されたのではなかったのか!!」
「で、でも! 俺の家族を殺したのは子供じゃない! 人間だからって子供まで利用して殺すのか!! それじゃあ、家族を殺したあいつらと変わんないじゃねえんですか!?」
中刷りにされ、足をバタバタと振り回しつつも、ダヴィは叫ぶのを辞めなかった。
「貴様! 奴のお気に入りだからって! ちょっと闇魔法を使えるあらって調子に乗りおって! 所詮はコウモリ魔人の成りそこないよ! このままわからせて」
「みーつけた」
言葉を、遮られた。パンジャマンたちが反射的に振り向くと、一人の少女が木の影から姿を現した。
「情報通りだったね。やっぱり魔人が潜んでいたんだ」
栗色の長い髪をした、少女だった。年のころは10代半ばくらいだろうか。黒ずくめの姿が似合っていない。そして、左手には銀に輝く大ぶりのメイス。
少女はバンジャマンたちにかわいらしく微笑みかけていた。
「ぼ、撲滅聖女・・・」
「その名前で呼ぶってことは、確定だね。あんたたちの計画は、ここで終わり。おとなしくお縄に付きなさい」
そしてその少女――ソニアは、ゆっくりとメイスを構えた。




