53 ロザリーたちの演習任務
「お姉ちゃん、昔、魔人に腕を斬られたことがあったんです。しかも、妹はそのときに顔に大きな傷を負ってしまって、長らく引きこもりをする羽目になった。魔人を許せないって気持ちは相当に大きいのかもしれない」
ソニアは手に持ったグラスを眺めながらそう説明した。
「あの戦いはきつかったな。魔人が3体で、ウルフにオーガまで居やがった。俺の火が通じなかったときはどうしようかと思ったぜ」
「おお! さすがはロザリー嬢とオースティン様! それで!? それで!?」
苦い顔で言うオースティンに、先を促すシモンだった。ユーグは「中兄貴! 中兄貴!」と窘めているが、それをまったく気にしていない。挙句、引き留めたユーグの手を振り払う始末だった。
「でもこれで、ユーグは堂々とうちに来られるようになったわけね。旗の色を明らかにしてくれるんでしょう?」
「ああ。そのあたりはうまくやるつもりだ。バルセロナ家がジョアンヴィル家との友誼を取り戻したことと俺がジャドゥやベリルについたことは周知させてもらう。一応は、先生の指導を受けられるようになったが、問題はまだあるんだろう?」
兄の説得を諦めたユーグはソニアに向きなおった。
「うん。先生には、学園の生徒たちを指導してもらえればと思っているんだけど、でも・・・」
ちらりとオースティンを見た。
シモンに食い下がられ、あの時のことをしぶしぶと話しているオースティンだった。相変わらずお人好しで好感が持てるが、本人は特別教員になることにあまり乗り気ではなかった。ベリルはもちろん、ジャドゥにさえ魔術を教えているのに、学園で教鞭を取ることには否定的なのだ。
「師匠がやる気になっていないんじゃあなぁ。ほら、モチベーションって伝わるもんじゃない? この先生は仕方なしに授業しているとか、本気で生徒たちに向き合ってくれているとかさ。でも」
「本気になれないオースティンさんじゃ、生徒の指導なんて行えないってことね。こればっかりは仕方がないか。ユーグの指導ができるようになっただけで良しとしましょう。シモン先輩」
それまでオースティンと魔術談議を行っていたシモンは、すぐにジャドゥに向きなおった。
「おお! ジャドゥ様! 何なりとお申し付けください! これまでの分まで、どんな命令にも答えて見せましょうぞ!」
「そうですね・・・。当面、ユーグ様にはオースティン様からの指導を受けていただきます。本人もオースティン様を慕っているようですし、成果も上がっている。彼のレベルアップも問題なく行えるでしょう。でも、問題はシモン様です」
きょとんとするシモンに、ジャドゥはまじめな顔を向けた。
「予定されている演習、何か、いやな予感がするのです。成績優秀なシモン様と希代の才媛たるロザリー様に言うことではないと思いますが、くれぐれも油断なきよう・・・。その、万一のこともありますから」
「んふぅ! ご心配なされるな! この私と、麗しきロザリー嬢が合わさればもはや敵などおりませぬぞ! ジョアンヴィル家の期待に応えるために、私たちカップルがきっと素晴らしい成果を上げて見せますから!!」
「いや! カップルじゃないし!! お姉ちゃん、めっちゃ否定してたじゃないですか!」
抗議するソニアをよそに、シモン・バルセロナは満面の笑顔で胸を叩いたのだった。
◆◆◆◆
そして、演習の日が訪れた。
「今日はよろしくお願いしますわ。先輩方の手を煩わせて申し訳なく思っておりますが」
「んふっ! こちらこそ。精霊教の巫女候補をお迎えできて光栄です。エリーゼ様」
灰色の髪の聖女に、シモンが答えた。ロザリーたちもシモンに習って一礼する。
「中途半端な時期になってしまい、申し訳ありません。本来なら新入生の皆様と同じ時期に入学する予定でしたが、手続きが間に合いませんでした。でも、おかげで皆様の勇士を確認できるとすれば光栄なことかもしれませんね」
「んふふぅ! 未熟ながらも、精いっぱい務めさせていただきます。聖女様もここで2年半過ごせば、我々のようになれることでしょう。ね! ロザリー様?」
いきなり話を振られたロザリーは、それでも余裕を取り繕いながら答えた。
「ええ。優秀な魔術師たるエリーゼ様には必要ないとも思いますが、必ず無事でとお約束させていただきます。菲才の身ではありますが、聖女様の参考になれるよう、精いっぱい務めさせていただきますわ」
「うふふふ。またご謙遜を。バルセロナの貴公子たるシモン様と、西部の期待の星たるロザリー様のご高名は、私の耳にも届いておりますから。今日の演習、私は楽しみで夜も眠れなかったほどでしたわ」
互いに謙遜し合う2組だった。
「ふう・・・。挨拶はそのくらいでいいでしょう。本日の演習の目的をご説明します。場所は、学園から1時間ほど行った先にあるテールの森です。あの森に、かなり大量の魔物が集まっているそうです。きっとスポットからの瘴気を浴びたんでしょうね。あなたたちは一体でも多くの魔物を退治していただきたい。魔物を間引くことは、学園の安全にもつながりますからね」
コルベール学園長がロザリーとシモンを交互に見た。
「んふう! お任せください! ええ。私とロザリー様が行くのです! ええ! 私たちの力を聖女様にも見ていただきましょう! 私たちの共同作業を、教会の方にも見ていただけるわけですからね!」
「エリーゼ様は、学園で魔術師としての技を学ばれたいとお伺いしております。私はともかく、シモン様は水と土の資質に優れた優秀な生徒です。きっと、聖女様の参考になれると期待しておりますわ」
テンションの高いシモンに、渋面を浮かべたロザリーだった。
「うふっ。仲のよろしいことですね。この学園に通える日が楽しみですわ! 皆様とともに机を並べられないのは残念ですが、この演習で、学園の雰囲気を少しでも感じられればと思っています」
「んふぅ! ええ! 学園では生徒同士の交流も盛んでして! この演習で、少しでもそれが感じられればと思っています。なに! 学園で最も優れているとされる私とロザリー様がいれば!!」
「シモン様!! もちろん私たちも力を尽くしてお守りいたします。テール平原は何度か言ったこともありますので、ご安心を。あそこで強力な魔物に襲われることはないとは思いますが」
熱弁するシモンを差し置いて、ロザリーはちらりと学園長の顔を見た。
「ええ。万一の事態に備え、学園から護衛を付けさせていただきます。もちろん、通常の魔物は、シモン君たちがお相手いたしますから。生徒たちの強さを確認する機会は多いと思います。最前線での戦いを希望される聖女様の参考には十分になれると思いますよ」
「ありがとうございます。私はこの学園で魔術師としての力を得たいと考えております。学園トップの方々の散らかを見られると知って、随分前から楽しみにしておりますのよ。ねえ? ロザリー様」
聖女エリーゼは、高位貴族であるシモンではなくロザリーを見つめていた。
「なんでもロザリー様は、幼少のころに魔人を葬った経験があるとか。魔人は、私たちにとっても滅するべき敵です。一匹残らず殲滅するために、どうかその力を確認させてくださいませ」
怪しく光る聖女エリーゼの目をいぶかしく思いながら、ロザリーは深々と一礼したのだった。




