52 ジョアンヴィル家とバルセロナ家
初めて見る顔だった。体系はスマートで手足も長いが、筋肉は付くところにはついている。おそらく、武を貴ぶくらいには・・・。
そう判断し、ソニアは油断なく美丈夫を見つめていた。
「おやおや。美少女にそんな目を向けられると緊張するね。んふっ。未来の義兄だと思ってくれてもいいんですよ?」
「なにをふざけたことを。シモン・バルセロナ! なぜあなたがここに!」
弾かれたように頭を下げるソニアだった。ちらりと見ればアルベルティーヌもオーギュスティーヌも一礼している。
シモン・バルセロナの名は、先日聞いたばかりだった。ユーグの兄で、バルセロナ家の次男。知識も武力も魔法にも優れた才子と聞いている。
「先輩はなぜ、ここにいらしたんですの? ジョアンヴィル邸とバルセロナ邸は、そこまで近いわけじゃなかったはずですよね?」
「んふ! ユーグが世話になっていると聞きましてね。こんな時間だけど急いで来たわけです。もともとバルセロナ家はジョアンヴィル家に敬意を払っていたし、愚弟の件がなければ真っ先に駆けつけていたくらいですので」
そして、ジャドゥに向かって優雅に一礼した。
「やっと宣言できましたな。愚弟が、申し訳ありませんでした。これからは私と愚弟が御身をお守りする栄誉をいただきたいのです」
「ええ。バルセロナ家の忠勤には感謝しております。謝罪は受け取りますわ。先ぶれも、ちゃんとありましたからね」
ジャドゥが余裕のある顔で返事をしている。
そして、その時だった。
「ち、中兄貴! やっと追いついた!」
ユーグが息を切らして駆け込んできた。
「んふうむ。速くなりましたね。もう少し時間が掛かるかと思ったのですが。緑の魔力を使った身体強化は疾駆にも使えるようですね」
「い、いやそうじゃなくて! いきなりあいさつしたいとか言うんだから!」
満足げに言うシモンと荒々しい息遣いのユーグだった。そんな2人にこちらはゆっくりと帰ってきたベリルがため息交じりに提案してきた。
「まあ、あれだ。ホールで言い合う話題じゃねえやな。カメリア、じゃなかった。ディオン! 応接間で話をするから準備してくれ。リースはお茶の用意を」
「「は、はい」」
同時に動き出す、魔人の子供たちだった。似たような反応をすると思いつつも、ソニアはいつの間にか慣れ親しんだ館の中に入っていくのだった。
◆◆◆◆
ジョアンヴィル邸の応接間に、多くの人が集まっていた。
「今日は突然お邪魔して申し訳ございません。妹が暮らす環境を、どうしてもこの目で確かめたかったものですから」
「んふっ! いやなに。困っている低位貴族を助けるのは高位貴族として当然のことだよ。こちらこそ、助け舟を出すのが遅れてしまい、申し訳なく思っている。愚弟はどうにも、こういうことには気が利かなくてね」
丁寧にお辞儀をするロザリーに、なぜかシモンが答えた。慌ててユーグが肘でつつくが、シモンはまるで気にせずに優雅にお茶を飲んでいる。
「シモン様は、ユーグの一件と今後の友誼についてのご挨拶で、ロザリー様達はソニアの環境を確かめたいとのことですね。予定が重なるなんて・・・。頭が痛いわ」
「んふっ! いきなり押しかけて申し訳ありません。私たちは来週に演習が予定されていますからね。忙しくなる前にご挨拶と思いまして」
驚くソニアに変わり、ベリルが質問してくれた。
「演習? 3年生はテスト後すぐに演習を行うってか? それはなんともまあ、慌ただしいことだな」
「んふっ! いやね。本来はそんなものなかったんですが、ね。急に決まってしまったんですよ。なんでも、これから編入してくる聖女のために、3年生で優秀な者たちに任務が課せられたわけです。テール平原には凶悪な魔物が跋扈していますからな」
そう言って顔を上げるシモンは、とびっきりの笑顔を見せた。
「つまり、私とロザリー嬢の、愛の共同作業というわけです!」
「違います。ただの課題です。学園長の指示じゃなかったら誰があなたと」
珍しく嫌悪感をあらわにするロザリーに、ソニアの動揺は深まる一方だった。
「えっと、な? 俺たちが今日尋ねてきたのは、これまでのお詫びっつーか・・・。その、俺がこの屋敷を訪ねやすくするための方便っつーか・・・」
「おお! そうです! 驚きましたぞ! 愚弟が! 資質に恵まれず、かわいそうなことになっていたこの愚弟が、我が領でもやっていけるくらいに強くなっているではないですか!!」
さらにハイテンションになったシモンは、ソニアの後ろに立つオースティンにとびっきりの笑顔を見せた。
「身体強化に向かないとされる緑の魔力・・・。それを、あんなふうに活用することで黄色や青以上に強化することができるとは! 必要なのは部位とタイミングですね! それが一致したとき、緑でもすさまじい身体強化を行える! あれなら身体強化しながらも緑の魔法を使えるということではないですか! さすがはオースティン様! さすがは竜殺し! いやあ、高名な冒険者に指導していただけるなんて、愚弟は幸せ者です!」
「いや、その・・・。緑の身体強化はタイミングもシビアで。相当に魔力制御を鍛えこまねえとできるもんじゃないんです。実戦できっちり実現できたのは、弟君が日ごろからしっかりと技術を磨いてきた成果ですぜ」
戸惑ったように言うオースティンに、シモンは何度も頷いた。
「ええ。ええ! 愚弟は本当に努力家で・・・。弱い資質の黄色の魔力で、私たちに追いつこうと必死で努力していました。それが不憫で不憫で仕方なく、どうにか彼の努力が実らないかと苦慮していたところです。それが、見事に花開いた。すべて、オースティン様のおかげです! 私は・・・私は!!」
「ち、中兄貴! やめろよ。恥ずかしいだろ?」
ついには涙を流すシモンに、ユーグは焦った様子だった。でもどことなくほっとしたようなのは、ソニアの気のせいではないと思う。
「とにかく! 私は認められません! 妹が可愛いのは私も同じです! そんな家族が、よりにも寄って魔人に世話をされるなんて! たとえジョアンヴィル家の意向だって私は認められない! 魔人を許さないのは国是じゃないですか! それを!」
「私たちバルセロナ家は支持しますよ。ジョアンヴィル家が、魔人の子を雇用することを。我が領にも魔人は多く暮らしていて、穏やかな人物も多いことは分かっている。愚弟の話を聞く限り、その魔人の子たちの性格にも問題がないようですからな」
激高するロザリーを、泣いていたはずのシモンが遮った。彼は涙をぬぐうと、まじめな顔でジャドゥに向きなおった。
「んふっ! 私たちはジョアンヴィル家に大きな借りがある。愚弟が第一王子に与したにもかかわらずそれを許し、さらにはオースティン様の指導を受ける場まで用意してくれたのですからな。その魔人の子の後見になってもいい。高位貴族の私たちが支持するのなら、文句を言う輩も劇的に減るのではないですかな?」
「ち、中兄貴!!」
感動したように言うユーグだった。
「ロザリー様も、これで納得していただきたい。大事な妹君の周りに魔人の子がいて心配なのはわかります。でもその魔人の子たちはあなたがこれまで会ってきたような魔人ではない。ジョアンヴィル家の兄妹と我が愚弟が認めるくらいの人材なのです。決してあなたの思うような心配は実現しないでしょう」
「!! !!!!!」
諭されて、睨みつけることしかできないロザリーだった。高位貴族の子弟たちに言われたからには、成績はとびぬけていても男爵令嬢に過ぎないロザリーには文句を言うことができない。そして、ロザリーに睨まれたシモンは、喜びに震えているようだった。きっと、ロザリーが自分を見ていることがうれしくてたまらないのだろう。
「いつか、後悔しますよ。魔人の子を雇用したことを。私にできることは、妹が無事でいることを祈るしかないですけど!!」
そう言って席を立つと、ロザリーはジャドゥたちに一礼して部屋を後にしていく。その後を、アルベルティーヌとオーギュスティーヌたちが慌てて追っていった。
「お姉ちゃん・・・」
姉の思わぬ激高ぶりに、ソニアは後ろ姿を見つめることしかできないのだった。




