51 ロザリーと魔人と
テストを間近に控えた、週末のことだった。
「ソニア!」
「え? お姉ちゃん?」
ジョアンヴィル家の館の前で、ソニアは呼び止められた。姉のロザリーにだ。そばには護衛のマノンの他、アルベルティーヌとオーギュスティーヌの姿もある。どこか戸惑うような他のメンバーに対し、ロザリーは不機嫌な様子で、明確にソニアを睨んでいた。
「えっと・・・。あの、手紙で記した通り、私はジョアンヴィル家の館から学園に通っているんだけど」
「それは問題ないわ。ルームメイトと敵対した以上、どこかに身を隠すのは当然のことでしょう。それが大貴族のジョアンヴィル公爵家なら願ってもない幸運でしょうね」
ほっとするソニアに、ロザリーは指を突き付けてきた。
「でも、こんな噂を聞いたの。ジョアンヴィル家には魔人が暮らしているって。魔人の子供が使用人や明度として働いているって。それは本当なの?」
「い、いや! リースとディオンは悪い子じゃないし」
反論するものの、ソニアはたじたじになってしまう。強い口調で詰問するロザリーに自然と声が小さくなった。
「ロザリー嬢ちゃんよ。魔人とはいえ、相手は子供だ。そんなに目くじらを立てることも」
「オースティンさんが付いていながらなにをやっているんです! 相手は魔人ですよ! 薄汚い、卑怯で冷酷な、倒すべき敵なんです! 私やオデットを傷つけたこともある! そんな相手と暮らすなんて、何を考えているんです!」
いつになく強い口調のロザリーだった。身をすくめるソニアとはうって変わり、オースティンは余裕だ。
「ジョアンヴィル家にいる子供と俺たちが戦った相手は違うだろう。俺は確かに魔人と戦ったが、それは相手が魔人だからじゃねえ。相手がオデット嬢ちゃんを誘拐した卑劣な相手だったから手を下したんだ」
「相手は魔人なんですよ!? 子供だからって信頼できるはずがない! あいつらは街を襲った! あいつらに住む場所を奪われた人が多いことは、オースティンさんも知っているでしょう! オースティンさんの故郷だって!」
言い募るロザリーに、オースティンは溜息を吐いた。
「確かに俺の故郷は魔人に滅ぼされたがよ、でも、あの子たちにそれは関係ねえ。人間を滅ぼさんとする魔人に、俺の故郷は襲われたんだ。大体、人間だってそうだろう? いいやつもいればどうしようもないやつもいる。聖人だって犯罪者だっているんだ。魔人ってだけじゃ殺す理由にはなんねえよ」
あくまで穏やかなオースティンだった。内心彼を応援するソニアだが、ロザリーの剣幕は変わらない。
「魔人は敵です! 私たち人間を滅ぼさんとする、明確な敵! 子供だって、どんなに性格がよく見えたって、本質は変わらないに決まっている!」
「ロザリー先輩。ストップです」
援護射撃は、まさかのロザリー側の人間からだった。アルベルティーヌが、怒り狂うロザリーと困った様子のオースティンの間に割って入った。
「アルベルティーヌ! どきなさい!」
「ロザリー先輩もそう言うところがあるんですね。人間ぽくって私は好きですよ。でも、ちょっと落ち着いてください。妹さんが泣きそうですよ」
はっとして、ロザリーは涙目になって震えているソニアを見た。
「ソ、ソニア・・・」
「見もしないで決めつけるのは悪手です。相手が本当は何を考えているかは決して見えてこない。でも、会わないことには何も始まらないでしょう。その魔人の子供たちを見て、それでも悪と断じたなら、私も止はしない。先輩が魔人を始末するのを手伝ってもいい。でもそれにはまず、魔人の子どもたちを実際に見てからです」
震えるソニアを、オーギュスティーヌが優しく抱き留めてくれた。
「先輩。私もアルベルティーヌと同意見です。黒髪の私を素敵だとほめてくださった先輩なら、ちゃんと見ればその子たちのことが分かるはずです。どうか、その子たちにチャンスを・・・。私と同じように、その子たちがうわさの魔人とは違う可能性がありますから」
後輩2人に諫められ、ロザリーは歯を食いしばった。激情を押さえるように震えると、鋭い目でソニアを睨んだ。
「ソニア。案内してくれるよね? ジョアンヴィル家の館に。実際に見て、判断したいの。その魔人たちが私たちの敵か、ソニアの言うような小さな子供に過ぎないかをね」
険しいままの目で睨む姉に、ソニアは頷くことしかできないのだった。
◆◆◆◆
「あの・・・。いらっしゃいませ」
メイドのリースが、たどたどしくも挨拶した。
ロザリーは無言だった。犬のような耳としっぽを持つ魔人の姿と、礼儀正しい少女の姿がどうしても結びつかず、フリーズしてしまった。
「ああ。ごめんごめん。私はアルベルティーヌ・アンジュー。アルベルティーヌと呼んでくれたまえ」
「オーギュスティーヌよ。よろしくね」
過剰な手ぶりで自己紹介するアルベルティーヌだった。一方のオーギュスティーヌはリースを目を細めながら見つめている。リースは3人の貴族女性に見つめられ、うろたえていたが、それでも丁寧な態度は崩さなかった。特にオーギュスティーヌの黒髪が気になるようで、怯えつつもちらちらと目を向けている。
「リースちゃん。ご、ごめんね? お姉ちゃん! あの・・・。えっと」
「失礼しました。私はロザリー。ロザリー・ロルジュと言います。ソニアがいつもお世話になっています。この子のわがままに付き合ってくれてありがとね」
やっと硬直から解けたロザリーは、優しい笑顔でリースに答えた。
「ようこそおいでくださいました。皆様のご到着を、使用人一同心よりお待ちしておりました」
「い、いえこちらこそ。急に尋ねだにもかかわらず丁寧に接していただき、感謝しております」
優雅にお辞儀をする少年の頭部にも犬のような耳が生えていた。リースの従兄、ディオンだ。他の使用人たちと同様に丁寧に接するディオンに驚きつつも、ロザリーは何とか平生を取り繕った。
「おどろいたでしょう? メイドや使用人として働き始めて間もないのに、もう礼儀作法が身についている。本人の資質でしょうね。あなたの妹より、よっぽど覚えたいい」
急に呼びかけられ、思わず振り向いた。そこで腕を組んでいたのは、ジャドゥ・ジョアンヴィル。この館の主の、公爵令嬢だった。
「ジャドゥ。また私を引き合いに出している? ひどくない?」
「今はジャドゥ様と呼びなさい。ここにいるのはあなたの身内だけじゃないのよ。誰が聞いているのか分からないんだから」
気さくに会話する2人に動揺しながらも、ロザリーは慌てて頭を下げた。
「お初にお目にかかります。ロルジュ家のロザリーと申します。妹がいつもお世話になっております」
「そう。あなたがロルジュの神童ね。うわさはかねがね。あなたの妹からの話は支離滅裂だけれど」
貴族として挨拶をする2人だった。またもや揶揄されたソニアはムッとしつつも、2人のやり取りを見守ることにした。
「ジョアンヴィル家は鷹揚ですわね。人手が足りないのかしら。まさか魔人を、使用人として雇用するだなんて」
「これは異なことを。優秀な人材に、人間も魔人も関係ありませんわ。優秀な資質を持つ者は魔人にもおりますし、劣悪な性格の者は人間にもおります。神童たるロザリー様なら、そのことを理解しているのではなくて?」
ソニアを揶揄するようなジャドゥに反発を覚えたのか、ロザリーの口調も荒くなっていく。
「ソニアは優秀な子です! 私はおろか、この学園のだれも敵わないくらいに! あなたには、そんなこともわからないんですか!」
「あら? これでも人を見る目はあるつもりですけど。あなたの妹を見ればわかるでしょう? 私はソニアを優秀な子だと思い、側近として取り立てている。彼女と同様に、2人の魔人の子たちも優秀さを見せてくれた。だからこそ、使用人として取り立てたのです。人間も魔人も関係なく優秀な者を取り立てるのはジョアンヴィル家の人間の使命ですから」
「2人とも。私のことを言っているのは分かるけど、もっと仲良くしてほしいなあ」
汗を垂らすソニアを無視しつつ、2人は鋭い舌戦を繰り返す。
「最初は全く資質を持っていない人でも、何かのきっかけで優秀な人間に変わることもある。ソニアの姉なら、そのことは心から理解していると思うけど?」
「何を世迷言を・・・。蛙の子は蛙。冷酷な魔人は、どうあっても魔人なのよ。今は優しい性格でも、いつかは冷酷な魔人の性格に変わるかもしれない。今ここで、どうにかするのは慈悲なのよ! 壊れる前に何とかするのは、彼女たちのためでもあるの!」
ロザリーがジャドゥを止めようとした時だった。
「んふう! それは違いますねえ。魔人として生まれた人が、好人物のまま天寿を全うした例も多い。もちろん、クズみたいに犯罪ばかりを起こす者もいましたがね。結局は、その者次第ということですよ。善良な者もいればクズもいるのは、人間も魔人も変わらないということです」
慌てて振り返ると、黄色い髪と青い目をした美丈夫が、穏やかな笑みを浮かべながら佇んでいた。




