50 立場の違い
ジョアンヴィル家の館を頻繁に訪ねるようになったユーグは、学園での態度も変わっていった。
「ああくそ! 全然わかんねえ。これ書いたやつ頭おかしいんじゃねえか?」
「こいつぁ発想を変える必要があるんだよ。これはこうだと考えてみな? そうすりゃあ言っていること分かんだろ」
ユーグとベリルの会話だった。その周りではユーグの友人たちが興味深そうにベリルのノートを覗き込んでいる。
最近では、ユーグたちの教室で頻繁に見られる光景だった。少し前までは牽制し合っていたはずのバルセロナ家とジョアンヴィル家の子息同士が、親しい友人のように会話し、冗談を言い合っている。
「じゃあこいつはどうだ? この問題も結構面倒で」
「ユーグ様」
呼ばれて不機嫌に振り向くと、入口のそばに茶髪の少年が佇んでいた。周りのベリルや友人たちを気にも止めず、ただただユーグだけを睨んでいる。
クロード・ベロニト。第一王子ロベールの乳母の息子で幼馴染の少年だった。
「クロードか。なんの用だ」
「話があります。少しお時間をいただきたい」
丁寧だが有無を言わさぬ口調で、クロードは一礼したのだった。
◆◆◆◆
クロードに連れてこられたのは、教場の片隅にある倉庫だった。魔道具や素材が乱雑に置かれているこの部屋は、人通りも少なく内緒話に利用されることも少なくない。
「こんなところに何の用だってんだ。こっちは話すことなんてねえんだぞ」
「すみません。人に聞かれるのはあの方としても快く思わないでしょうし」
クロードは改めてユーグを覗き込んだ。ユーグも睨み返した。強気で接しつつも、笑顔を絶やさないクロードに不気味なものを感じていた。
「ずいぶんと、ジョアンヴィル家のあの男と仲がいいようですね」
「ベリルのことか? 普通じゃね? そりゃあクラスメイトだから話くらいするさ」
追い払うように言うユーグだが、クロードは止まらない。
「これまでのあなたは、ジョアンヴィル家の子息と話すような仲じゃなかった。むしろお互いに視界にも入れない関係だったはずです。なのに」
「別におかしくはないだろ。バルセロナ家とジョアンヴィル家とは親しい関係だった。きっかけがありゃあ親しく話すようになるのは当然のことさ。むしろ、全然話さなかった今までがおかしかったんだよ」
クロードの言うことに一理ありと思いつつも、ユーグは平然と言い返した。
「ユーグ。分かっているのですか? 転生者同士、ともにロベール様を盛り立てていこうというのなら、ジョアンヴィル家と誼をつなげるべきではない。あなたは、私たちと敵対しようというのですか!」
「おまえらこそ、昨日までの態度は何だってんだ! 第一王子の乳兄弟だからって、何をやっても許されるわけじゃねえんだぞ! こっちだって人間だ! 感情はあるんだよ!」
胸ぐらをつかんだユーグだが、クロードの目線は変わらない。
「あなたは!」
「えっと、ここだったかな。もう。おばあちゃんってば、女の子に無茶ばかり言うんだから」
クロードの言葉は、急に入ってきた女子生徒に遮られた。両手に荷物を持ち、背中でドアを開けたその青いロングヘアーの少女は、2人が良く知っている人物だった。
「アガタ!」
「え? ユーくん? クロくん、じゃなかったクロード様も!」
きょとんと眼を瞬かせた少女は、転生仲間のアガタ・ラヴァルに他ならなかった。
「ごめんなさい。お取込み中・・・。って、駄目じゃない! 暴力なんて! もう!」
「いやっこれは・・・。ってか! お前こそ何なんだよ! こんな倉庫みたいなところに!」
バツが悪そうにクロードを放したユーグは、今度はアガタを問い詰めた。
「私は正式にここに用があったの。この部屋はね。錬金術の素材を保管しておく場所なのよ。生徒たちが内緒話するための場所じゃないの。学園で保管されている素材が集まる場所なんだから」
「ああお前・・・。店から素材を運んできたのか。そいつは、悪いことをしちまったかもな」
バツが悪そうなユーグと、憮然としたままのクロードだった。アガタは2人に目を配り、ある程度の事情は察したようだ。
「そう言えば、学園はあなたの店に依頼していたんでしたよね? でも納品が遅れている商品があるのは問題です。上級ポーションはどうしたんです? ずいぶん前に依頼したはずですが?」
「そ、それはその・・・。あれには素材をこだわる必要があるって、おばあちゃんが・・・。素材回収の冒険者も、なんか動けないみたいで・・・」
バツの悪そうに言うアガタを、クロードは追撃する。
「困りますね。上級ポーションを用意しておくことは学園として最低限の備えです。素材が足りないなら自分たちで採取すればいい。もうすぐ新月の日も来ます。その時にでも押さえに行けば」
「もう! 分かっているわよ! おばあちゃんも自分で行かなきゃいけないって言っていたし! それよりも!」
取り繕いながらアガタはクロードに指を突き付けた。
「あなたたち、まだ喧嘩しているの? もう。いい加減にしないとだめじゃない。せっかくこっちで再会できたというのに」
「いや、その」
動揺するユーグとは対照的に、
「あなたは、何時までも前世のことを引きずるんですね」
クロードは見下すように言い捨てた。
「おい! クロード!!」
「もう僕たちは日本人じゃない。あの頃の自分たちとは違うんです。アガタさん。あなたはこの世界での生活を楽しんでいるじゃないですか。 ユーグもです。バルセロナ家の3男として生を受けたあなたは、すでに日本でいたころとは違っているはずだ。向こうでは狩りなんてめったにできなかったんですから」
「そうだけどよ!」
言い返すユーグを、クロードは冷たい目で見つめていた。
「僕たちはこの世界に転生してしまった。ここで充実した人生を迎えたいのなら、君も行動を改めなさい。ロベールはこの国の第一王子だ。日本にいた時とは違う。今は、彼が私たちの中で一番身分が高いんです。この世界で栄達を望むのなら、彼に従うのが一番の近道だ。それが転生者として生まれた僕たちの役割でしょう」
「俺は別に! この世界でのし上がろうってんじゃねえ!」
クロードは唇を歪ませた。
「ユーグ君。僕らには日本で暮らしていたころの記憶があるのでしょう? こっちの生活は日本での生活と比べてどうです? 不便に感じることも多いんじゃないですか? 不自由ではありますが、この世界に来ていいこともある。未来で何が起こるか知っていることです。僕らは、地位を高められるチャンスを握っている。情報をうまく利用すれば、この世界を制することだってできるんです」
「何を言っていやがる!! てめえ! まさか! 何か妙なこと考えているんじゃねえだろうな!」
「ユーくん! 駄目!」
アガタに制されて止まるも、ユーグはクロードを睨み続けた。
「クロくん・・・。いえ、クロード・ベロニト。あなたはゲームの知識を使えばこの世界を好きにできると思っているようだけど、そんな簡単なものじゃない。現実はゲームとは違う。この世界は、私やあなたが簡単に操れるほど単純じゃないのは、もうわかっているでしょう?」
「未来を知っているということは大きなアドバンテージです。僕はそれを利用してロベール様を押し上げる。邪魔は、しないでくださいね。これでもあなたたちのことは転生仲間だとは思っているのですから」
言い捨てて、その場を後にするクロードは、入口の前でこちらを振り返った。
「ユーグ・バルセロナ。忠告しておきましょう。これ以上ジョアンヴィル家に与するというなら、あなたと言えど容赦はしない。王族に連なる貴族として、あなたをジョアンヴィル家ごと叩き潰してあげます。アガタさんも。宮中伯の力がどこまでも及ぶとは思わないことです」
「クロード!! お前こそ! 転生したからって好き勝手にできると思うなよ! 俺たちは、ただの高校生から転生しただけに過ぎないんだ!!」
叫ぶユーグに振り向きもせずに、クロードは立ち去っていった。
「クロくん。変わったね。前は変におどおどしていたのに。自信をつけたのは喜ばしいことかもだけど、でも」
「ああ。やっぱりあいつ、変わっちまったな。前はこっちの言うことを聞いてはくれていたのに」
溜息を吐いたアガタは、静かにユーグの目を見つめだした。
「あの子の言うことに一理はある。王族の権威、そしてそれに従うベロニト家の勢いは、決して無視していいものではない。私の祖父は宮中拍をしているけど、それだって王家の意向に逆らうのは難しいわ」
「ああ。うちもだ。王族からにらまれたらうちもかなりきついかもしれねえ」
ユーグとアガタは同時に苦笑してしまう。
「やっぱりうまくいかないね。転生しても、人間関係で悩むのは一緒だ」
「こればっかりはな。むしろ、日本にいたころよりめんどくさいことになってる気がするぜ」
2人はお互いに愚痴を言い合うのだった。




