49 クロード・ベロニトと精霊教の聖女
クロード・ベロニトは第一王子のロベールの乳兄弟だった。
ロベールより半年ほど先に生まれた彼は、子爵令息ながらも王族のロベールと兄弟のように育った。そして、その弟と同じ時期に、前世の記憶を取り戻した。
「あいつは、さ。前世でもロベールの連れだった。いつの間にか一緒にいたから、俺たちとも遊ぶようになった感じか? どちらかというと引っ込み思案で、俺やアガタがよくフォローしたのを覚えている。アンリの奴なんか、あからさまに下に見ていた感じだったな」
過去を語るユーグは、どこかを睨んでいる感じだった。
「なるほど。クロード・ベロニトは前世からの付き合いだったのね。どおりで。彼とロベール殿下は、その、誰にも立ち入れないくらいの深い関係に思えた」
「いや、ロベールとクロードは・・・。なんでもねえ」
言いかけてやめたユーグを不審に思っていたら、ベリルが結論を出してきた。
「言いにくい関係だったのか? 一概に仲の良い関係だとは思えないけどよ。クロードはロベールに複雑な感情を抱いているってことになるのか?」
「そうだな。親しみを感じていただけとは思えねえ。あいつの命令に、嫌な思いをしたのも一度ではないはずだ。だが、ロベールの乳兄弟なことは、あいつとあいつの家にとって大きな恩恵をもたらしたことは違いねえ。何せ、子爵令息に過ぎないはずのアイツが、上位貴族と同等に扱われているんだからな。本人はともかく、あいつの家には大きな恩恵があったんじゃねえかな」
苦いものでも飲んだようなユーグは、さらに説明を続けていく。
「あいつは、転生した今もロベールの命でいろいろやらされていた。俺やアガタが手を貸そうかと言っても逆らいやがってな。これは自分の役目だと拒絶されることも一度じゃなかった。資金繰りや、各所との調整。学園とのやりとり。受業の提案なんてのもやってたな。はては、学園長との折衝や精霊教との調整まこなしていた。あいつのつてですげえ武道家や魔導士を紹介したこともある。あいつに、中兄貴を紹介してくれと頼まれたこともあったな」
「そう・・・。精霊教とも、ね」
ジャドゥの目が、一瞬だけソニアを映した。すぐにユーグに視線を戻すと、ジャドゥはさらに深く追求していく。
「ねえユーグ。ちなみにだけど、クロードは精霊教とどんなやり取りをしたの? 仕事であそことかかわることがあってね。参考までに知りたいのよ」
「お前らはそういう仕事もやってんだな。知っての通り、精霊教では高い魔法の資質を持つ人材を集めている。そう言う人材を巫女に仕立て上げて、あがめることで高位の精霊と交信できるようにするとか何とか。ちょうど今、この国で精霊教の教会に高い資質を持つ人材がいるらしくて、聖女として認定しているらしい。そいつを認め学園に編入させるためにベロニト家が推薦するらしいぜ。これ以上は分からん。すまんな」
聖女と聞いて、ソニアはどきりとする。
「えっと、聖女? 撲滅とか撲殺とか付かない?」
「なんだよその物騒なのは。そうじゃねえよ。聖女と言ったら聖女さ。ほら! かなり昔の話だが、魔道王国にいたらしいじゃねえか。聖女ってやつがいて、命を賭して結界を張ってくれたおかげで、闇魔とか言う化け物の侵攻を防いだんだろ? その聖女は白の属性が強かったらしいが、今回のはそうじゃねえ。白だけじゃなくて、すべての属性の強い加護を持った女が現れたらしいんだ。そいつを取り込むことで、ロベールの勢力を増やそうとしているらしいんだよ。クロードのやつはよ」
あきれたように言うユーグだった。
「んだよ。うちをないがしろにしたと思ったらそう言うことか。精霊教にバックアップされることで、ロベール殿下は返り咲こうってんだな。精霊教はこの国でも深く信仰されているからな。うちの後ろ盾を要らないってのはそう言う事情か」
「ジョアンヴィル家が離れたのはロベールにとって想定外だったみたいだけどな。でも、クロードのヤツは違う。ジョアンヴィル家が離れるのは、あいつらにとってはうれしいニュースなのさ。離れてしまったあとために、精霊教ともつなぎを付けていたらしい。何せ、聖女と目されているその女の資質はそれほどすげえらしいからな」
ソニアは腕を組んで考え込んだ。
「うーん・・・。『聖女列伝』に、私以外の聖女なんていたかなぁ」
「隠しキャラらしいぜ。何でも特定の条件を満たすと出てくるキャラらしい。クロード、あのゲームをやり込んでいたみたいだからな。うちら転生組で一番魔法の資質が高いのはアンリとアガタだが、それを凌駕する才能とか。確か、上下二属性の資質も高いらしいからな」
上下二属性と聞いて、ソニアはさらにどきりとした。
「上下二属性、か。ソニアの白とか私の黒みたいな? それは相当に珍しいわね。殿下が目を付けていないならうちでスカウトしたいくらいよ」
「白も黒も持っているたぁな。これはすこしめんどくさいぜ。なあ、ユーグ。聖女ってのの資質は分からんが、転生仲間のことならあ程度知ってんだろ。そのアンリやアガタって子の資質はどんななんだ? 言える範囲でいい」
慎重なオースティンに対し、ユーグはどこかあっけらかんとしていた。
「いいっすよ。アンリはともかく、アガタは隠していねえし。アガタの資質は、4属性すべてが高い。確か、俺の緑と同等の資質を持っているって言ってたな。さすがにこれ以上は専門家じゃねえと分かんねえけどよ」
「ユーグの緑と同じ・・・。なんだよ、それ。4属性がレベル3って可能性もあるということか? バルトルドと同じじゃねえか! 確認するぜ。その女は魔力過多の属性はあんのか?」
今度こそ気色ばむオースティンに、ユーグは焦りながら答えた。
「い、いや・・・。魔力過多って、反対に魔法が使えなくなるんだろ? アガタは最初から魔法が使えたらしいし、聖女ってやつも悩んだとは聞いてねえな。クロードが言うには、聖女は最初からすんげえ資質があったって言うし」
「だったら、巫女になる可能性は低いな。候補とかならあり得るが、本格的に巫女になれるほどじゃねえ。この際だから言っておくが、巫女に選ばれるのは魔力過多になる属性があるのが大前提だ。その聖女とやらは、どんなに頑張ってもつなぎどまりって寸法よ」
どこかほっとした様子のオースティンを尻目に、ソニアはちらりとジャドゥの顔を見た。彼女の表情は晴れない。オースティンの話を聞いても無表情な様子を見ると、『巫女の条件をクリアしてしまうほど』と言った彼女の資質が、少し推測できるような気がした。
「しかしよ。巫女に選ばれないとはいえ、資質がやべぇ事には変わりねえ。4属性すべてがレベル3というのは相当な脅威だぜ。しかも上下2属性のレベル次第じゃあ、相当にすさまじいことになる。白の属性のやばさはお前たちも体感しただろう?」
「ええ。白の属性は、本当に危険よ。決して油断してはいけない」
「ああ。俺も、白のやばさは理解しているつもりだ」
ジャドゥもユーグもベリルも、おののいたようにソニアを一瞥した。
「その『聖女』とやらがソニアみたいな性格とは限らない。注意は必要ということね。ありがとう。あなたのおかげでいろいろ知られたわ」
「おう。元敵側とあっていろいろ知ってんだな。参考になったぜ」
「別に敵側とかじゃねえからな。一応、この国の貴族だし。俺は変わんねえつもりだ。ま、派閥とかは違っちまったが、バルセロナ家の方針は変わらん。ロベールには手を貸しづらくなっちまったがな」
ユーグが意気込んだと同時に、リースがおずおずと声を掛けてきた。
「ご歓談中に失礼します。あ、あの・・・。夕食の準備ができました。皆さん、食堂にお越しください」
「お! もうそんな時間か。ありがとな! ユーグの持ってきた食材を使った料理だ。楽しみなんだよな」
「中兄貴が選んだ食材だ。きっといい物に違いねえ。ソニアも遠慮すんなよ。中兄貴はお前にもくれぐれもよろしくと言っていたからな」
「ええー? バルセロナ家の次男の先輩なんて、会ったことないんだけどなぁ」
リースの案内に従って移動するソニアたちを眺めながら、ジャドゥは考え込んでいた。
「第一王子の乳兄弟のクロードか。勘だけど、油断してはいけない気がする。何事もなければいいんだけどね」
そうつぶやいて、ジャドゥはゆっくりと食堂に向かうのだった。
◆◆◆◆
学園に近い街の、裏路地でのことだった。クロードはマントを纏った怪しい男たちと話していた。
「これが、来週に行われる演習の工程です。そして、あの店からこんな申請もありました。冒険者の動向も、こっちで押さえるつもりです。あなたたちの役割は、分かっていますよね?」
「ああ。分かっている。くくくく。奴らも思うまいて。まさか学園の演習で、こんな危機が訪れるなんてな」
笑う男に嫌悪感を滲ませながら、クロードは念を押す。
「分かっているのでしょう? 私も危ない橋を渡っている。必ず、成し遂げてください」
「分かっているさ。同胞をやられた意趣返しという意味もある。必ずこの国の若獅子を仕留めてやるさ。お前の手引きで、かなりの同胞を集められたのだからな」
「そうだ。目にものを見せてやるさ。貴族たちに安息の場はないと、証明してやる。その血を持ってな」
声を潜めながら、それでも哄笑する男たちに、クロードは嫌悪感を滲ませた。マントの隙間から覗く牙に気づかないようにしながら、クロードは男たちから離れていくのだった。




