48 オースティンと転生者の事情
王都にあるジョアンヴィル家の館の中だった。
「師匠なら二つ返事で応じてくれると思ったんだけど。ほら! おじい様からもチャンスがあれば学園に協力してくれって言われてたじゃん」
「いや無理だって。教師なんぞ俺のがらじゃねえ。護衛の仕事にありつけただけで十分なんだ」
渋い顔をするオースティンに、ソニアは首をかしげていた。
「学園の教員になるって、冒険者としてはかなりの出世コースなんですよね?」
「そのはずなのよ。特別教員から正規の教師になった例もあるくらいだし。喜んで受けてくれると思ったんだけど」
ディオンの言葉に、ジャドゥは溜息を吐いた。
猪の魔人に拉致されていたこの少年は今、ジャドゥの屋敷で働いている。魔人から解放してくれたソニアたちに恩義を感じているらしく、また、故郷を追われた身でもあることから、ベリルがここで働くよう提案してくれた。本人もリースと過ごすことは安心のようで、こちらは二つ返事で応じてくれたのだが、肝心のオースティンの勧誘はうまくいかなかった。
学園に同好会を作るというジャドウの計画は、いきなり暗礁に乗り上げてしまった。
「えっと、特別教員のお仕事って大変なんですか?」
「俺が昔面倒を見ていたギャエルってやつがいるんだけどよ。現役教師のあいつが言っていたんだ。貴族の子供を相手にするのは意外と骨が折れるってな。忍耐強いはずのあいつがそう漏らすくらいなんだから大変だろうさ。ま、一時的とはいえ子供の教育に責任を負うんだ。生半可な覚悟でやっていいことじゃねえ」
お茶を出したリースに答えながら、オースティンは溜息を吐いた。
「てか、お前さんまでが賛成なのかよ。護衛の仕事をおろそかにするんだ。もっとこう、反対すんのかと思ったぜ」
「それはそうなんですけど、師匠の未来を考えると教員になれる道があるなら選んだほうがいいかと。おじい様の言葉もあるし、師匠なら人柄も信用できます。教えるのがうまいのも、私やオデットのことで知ってましたから。それに、ゲームの件もあって信頼できる教員が増えるのもいいかなって」
ソニアは思い出す。確か、魔人との戦いが本格的に始まるのは2年後のはずだった。そこから戦闘が始まって、いくつかの街を開放して、そして信頼できる仲間と共に魔人の拠点へと攻め入ることになる。
最後の戦いに参加する仲間は4人だが、その中には学園の同級生を入れることもできる。そして、パーティーに選ばれなかった仲間は、主人公の道を作るために戦うはずだ。
「ゲームでは犠牲者のことは触れられなかったけど、ここは現実だよね? 戦いの中で同級生が命を落とす可能性だってある。私が主人公で中位クラス入りした時点で、原作とはだいぶん違う。万が一のことを考えて、生徒たちの戦力を増強したいと思ったんだけど」
「もし先生が特別教員になりゃあ、力をつける学園生も多いはずだ。俺みたいに、自分の属性とやりたいことに差がある奴は多い。先生は魔術について幅広い知識があるから、どうにかしてくれると思うんだけどよ」
ユーグが汗を拭きながら会話に加わってきた。シャワーを浴びた後のようで滴る水滴をタオルで拭いている。
「おう。今日はいい調子だったぜ」
「ありがとうございます。やっぱり緑の属性を使った身体強化は難しいですね。他の戦法も自分だけでは思いつかなかった。先生からご助言いただいて本当に助かりました」
平民のオースティンに頭を下げて丁寧にお礼を言うユーグだった。
「さっぱりしたじゃねえか。汗臭くてたまんなかったぜ」
「うっせえ。まあ、風呂でさっぱりしたのは確かだけどよ。時間もあんまりないんで、さっそく始めようぜ」
ベリルとユーグは軽口を叩き合ていった。
水と油に思えたこの2人だが、同じクラスだけあって意外と仲良くなっている。ユーグが平民のオースティンに礼儀正しく接したのをきっかけに話すようになったらしい。
この日の勉強会もその縁を使ってユーグを加えることができた。
「えっと、前期のテスト範囲はこのあたりまでだったか? ソニアはまじめに授業を聞いているようだから問題ないと思うが・・・。てかお前、これくらい取れるなら上位クラス入りもできたんじゃねえか?」
「万一のことを考えてあんまり点を取らないようにしたんだよ。一応主人公だから攻略対象者に絡まれたらたまんないもん。私は姉さんみたいに官僚になるつもりもないから上位クラス入りすることにメリットはないからね」
けんもほろろに答えるソニアに、ユーグは肩をすくめた。
「ほら。あなたも筆記用具を準備する! 上位クラスを目指していないからって油断しない! 私の側近になったんだから、恥ずかしい点数を取ったら承知しないわよ」
「うっ、そうだよね。マナーとか歴史とか、こっちで勉強しなきゃいけないことは山ほどあるから」
ジャドゥに促され、ソニアは慌てて勉強道具を準備するのだった。
◆◆◆◆
「まあ、こんなもんでしょう。これなら前期のテストはかなりの成果が期待できるんじゃなくて?」
「はぁ・・・。疲れた。午前中の訓練はともかく、午後からの座学はさすがにしんどかったなぁ」
思いっきり背伸びをするソニアに、リースが再びお茶を出した。カメリアの熱心な指導もあってメイドとしての気づかいや技量もかなり上昇している。
ジャドゥがソニアの勉強を見ていた一方で、ベリルはユーグに感嘆の息を漏らしていた。
「お前も見かけによらずなかなかやるな。さすがシモン先輩の弟ってことか」
「中兄貴を引き合いに出されると焦るけどな。文武両道のあの人に恥ずかしい思いをさせるわけにはいかねえさ」
ベリルに答えながらユーグは安堵の息を吐いた。
ユーグの兄でバルセロナ家の次男たるシモン・バルセロナは学園の3年生。勉強も近接戦闘も、魔法にも優れた優等生で、3年生で2番目に優れた生徒としてその名を知らしめている。ユーグに兄への反感はないらしく、引き合いに出されても気にしていない様子だった。
「晩飯も食っていけよ。お前が持ってきてくれた食材でいろいろ作ってくれたらしいからよ」
「なんかわりいな。食事まで用意してもらって。あんなにたくさんの食材も邪魔だっただろう? 中兄貴が持って行けってうるさくてさ」
勉強会に参加するにあたり、ユーグは大量の食材と菓子折りを持ってきていた。そして、王都のバルセロナ家を代表してシモン・バルセロナからの手紙を持ってきたのだ。それには、これまでのユーグの件の謝罪と再びジョアンヴィルの派閥に力を貸すことがしたためられていたとか。
「もともとバルセロナ家はうちに好意的な立場だったからね。ロベール殿下と近かったユーグが例外だったのよ」
「そのことは、すまねえ。俺がロベールと仲良かったせいで、実家やお前たちにも迷惑をかけたんだよな。兄貴たちにもいつも言われていたんだが、ついな。前世のダチの力になりたかったんだ」
肩を落とした様子のユーグに、ソニアは複雑な表情を見せた。
「やっぱり、貴族って難しいなぁ。ロベール殿下の性格はともかく、気軽に友人選びもできないなんて」
「前世の友人っていうケースはかなり珍しいけどな。ユーグも前世の友達と会えてうれしかったんだろう?」
なんとなくかばってくれたベリルに、しかしユーグは首を振った。
「いや、こっちに転生してからにはこっちの常識に従うのは当然だった。あいつらも、日本にいたころとは違う。こっちに来て、性格もかなり馴染んじまった。まあ、アガタだけは相変わらずだったけどよ」
「うん? こっちに来て性格が変わった? うちのベリルはかなり向こうに引っ張られているみたいだけど?」
ジャドゥはベリルを一瞥し、すぐにユーグに向かって身を乗り出した。
「性格が変わった、というか、元あったところが助長された感じだな。命令することにためらいがなくなった感じがする。特にロベールとアンリはよ。高位貴族になったことで下を人とも見なくなったように思えるんだ。シャルロットも性格が悪くなったように見える。気のせいだといいんだけどよ」
「それは、少しわかるわ。婚約者だったころのロベール殿下は、ちょっとしたミスを犯した従者を厳しく折檻していた。あんまりにもきつく言うものだからつい止めちゃってね。まあ、そのせいで殿下から無視される羽目になったんだけど」
溜息を吐く2人に、ソニアは気になったことを聞いてみた。
「えっと。王都にいる転生者はもう一人いるよね? あの黄色い髪の・・・。ペロニド子爵子息だっけ? あの子もやばいの?」
「ああ。クロードの奴か。あいつも、なぁ・・・」
そう言って、ユーグはクロード・ベロニトについて語りだした。




