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6.私が創り出したのだから、

「すみません、雅美代表、そろそろ移動の時間です。」

背後からそう声をかけられた兄は、左腕に付けられた腕時計を確認し、声をかけてくれたスタッフにお礼を述べた。

「じゃあ一澄、本番で。」兄は言葉とともに拳を僕に突き出す。

「うん。」僕は兄に応えるように突き出された拳に、自身の拳を合わせた。

兄はどこか安心した様子で、こちらに振り向くことなく、声をかけてきた者と共にその場を後にした。

兄と別れ、ついに1人になり、ようやく初ランウェイの舞台に立つことへの実感が湧いてきて、ゾクゾクと体の芯が震えるような緊張が高まる。今までこれといって人前に立つような活動はしてこなかったし、そもそもモデルとしての初めての仕事がこのコレクションだ。ランウェイから見た本番の世界がどういうものかが想像できず胸のうちがざわめきだす。

僕は自分を落ち着かせることに集中しているところだった。その時、


「ねえ、そこに突っ立ってられてるの、邪魔なんだけれども。」

僕に唐突に投げかけた言葉とは裏腹に、声色が柔らかい。

声をした方へ振り返るとそこには声の主と思われる、絢爛な輝きを纏って放つ、背が高くて線の細い、"少女"が立っていた。

「か、かわいい…」僕は思わず声が漏れる。

慌てて口元を手で抑えたものの、その言葉は少女の耳の耳に入ったようで、少女はすかしたように小さく笑い、こちらに歩み寄ってきた。少女は全く日焼けしていない白くて細い腕を伸ばし、手を僕の耳元に寄せ、最後に顔も近づけてこう言った。

「残念だけど、俺、男ね。」

「はぁ?!」

間髪入れずに僕は思わず大声を出してしまう。その様子がよほど可笑しかったのか、少女だと思っていた少年は先程とは違う"純粋な"笑みを浮かべ、肩を震わせていた。

「君、変なやつ。気に入ったよ。名前なんて言うの?」少年が興味津々に、更に顔を近づけて問いかけてくる。近づけられた顔も端正で、正直女の子にしか見えないので僕はどぎまぎしてしまう。

「僕は、若月一澄と言います。」僕は緊張して年も大して変わらないであろう相手にかしこまった挨拶をした。

「へえ、あんたが一澄か。」

僕の名前を聞いて、少年は顔色を変え、僕の頭の先からつま先まで、何往復したか分からなくなるくらいくまなく見る。

「悪くない…悪くないけど、二流だね。」

そう言い切る少年は、僕を嘲笑う訳でも蔑む訳でもなく、ただただ事実を言ったまで、という涼しい顔をしていた。

なんだこいつなんだこいつ。たしかに顔は可愛いよ。今もまだコイツのことを男だとは思えないし受け入れたくないくらい綺麗な顔をしている!でも出会ってまだ数分だよ?あまりにも生意気すぎやしないか。なんだよ二流って。コイツだって、僕と同じ歳くらいなのにオーラがまだ出ていないじゃないか。

「は、ははは。二流かぁ、そりゃどうも。良ければ君の名前も教えてくれないかな。」

僕は引き攣る顔をどうにか誤魔化しながら目の前の少年に問いかけた。

「まだ、早いよ。」少年が言い切ると同時に先程までついていた会場の照明の殆どが消え、僕たちのいる舞台袖は薄闇に包まれる。

表舞台からの明かりがカーテンから漏れていたので、僕は舞台袖から客席にバレないよう、ひっそりと袖を捲った。捲った先にはちょうど兄である雅美がスポットライトに照らされ、マイクを片手に堂々とした佇まいで客席に体を向けている姿が見えた。

兄は右手に持っていたマイクを、自身の顔の前に持ってゆき、大きく口を開ける。

「ご来場の皆さま!長らくお待たせいたしました。これより、"ワカツキ・トーキョー-3106-"の新作コレクションの発表を始めさせていただきます!司会進行はわたくし、新取締役代表の若月雅美が務めさせていただきます。何卒、よろしくお願い申し上げます!」

会場の隅々に響き渡る兄の声は、僕だけではなく会場にいる全ての者の心を掴んでいた。一瞬の静寂のあと、割れんばかりの拍手が会場全体を包み込む。

兄の表情は、晴れ渡る空のように朗らかである。とてもじゃないが、現役高校生とは思えぬ貫禄のある面持ち。到底、同世代の者は真似の出来ない肝の座りをしている兄は、このブランドの後継者としてこの上なく相応しい人物であると認めざるを得ない。


拍手はかなりの時間続いていたが、兄が深く一礼すると共に、その兄を照らしていたスポットライトが段々とゆっくりと消灯した。それと同時に拍手もなくなり、あたりは大きな水溜まりができたかのように静まり返った。


すると、ランウェイ上に一筋のひかりが矢が射るように差し込む。

「眩しい…」

チカチカと瞬くように輝きを増すひかりは、温かさを与えるように優しさも纏っていた。

カツ…とヒールの高い靴を鳴らす音が聞こえた。それと同時に客席に座っていた者たちが息をのんだ音が会場全体に広がった。


「なんと、美しい…」

客席の男性の漏らした言葉が響く。

輝きが最高潮に達した時、光の根源が顕になる。

「こちら、当ブランドの最新作となります。そして今回発表する新作の1作品を除いた全ての作品のモデルを担当しますのは、現在、舞台におります少年…」


「"段原 晶"くんです。」


段原晶。そう告げられた少年はそのアナウンスを皮切りに、人の姿を模した光と化した。

「あれが、オーラ…」僕はこの光がオーラであることを自分に認めさせるために言葉に出した。オーラとは説明するにはあまりにも眩い光源の先を見つめながら。

しかし、段原晶のオーラはただ眩しいだけではなかった。晶が着る作品は、ブランドの関係者でもある僕は当然見覚えがある。兄が嬉々として僕に紹介してくれた大切な作品だった。そして段原晶は今日初めてこの作品を見たのだと思われるが、その時の喜びを表現しているようにも受け取れた。そう。このオーラの輝きには若月雅美への最大限の尊敬の念が確かにあった。

これが、オーラ。これが、モデル。これが、別次元の領域(芸能界)。

僕は震えた。己の了見の無さ、烏滸がましさ、これが俗に言う「井の中の蛙、大海を知らず」なのだと思い知る。それと同時に、じんじんと熱い血が全身を巡る感覚が、抱いていた恐怖心を煽る。そうだ、僕が求めていた感覚はこれだ。段原晶、君がそうだったんだ。ずっと追い求めていた存在こそが紛れもなく君だったんだ。

あっという間に段原晶は最後の作品を着てランウェイを歩いている。まだ見たい、まだ見せろ、観客の眼差しがそう物語る。

段原晶のランウェイの後、僕は1度だけランウェイを歩くことになっていたが、おそらく誰一人観客は求めていないのだろう。でも、僕は歩きたい。段原晶の歩いたそのステージで。塗り替えたい、この世界観を僕の色に!!!


◆◆◆◆◆


先程の表舞台とは打って変わって、裏はいつも騒々しい。今日のモデルは俺とあのガキンチョの2人だけだってのに。まあこのブランドのワンマンショーってなるとスタッフも緊張すんのかな。交代無しで俺が1人で10作品連続のランウェイをしたわけで、無意識だけど緊張したのか久しぶりに疲労を感じた。

それにしても、この衣装たち、

「愛されてんなぁ。」

俺は羨望の眼差しで、今着ている衣装に優しく触れる。

特に最初に着用した作品。全体が真っ白で、丈の長いロングワンピース。首元はデコルテが上品に見えるデザインで、着る者の素材そのものを生かす。腰の位置でほんの少しだがタックが入れられているが、これが俺をさらに女性的に魅せた。

あのガキンチョが俺を女だと認識させた一番の要因はおそらくこのタックによりワンピースのシルエットを柔らかく広がる印象にさせたからだろう。

ただ、俺はこのワンピースを男である俺に着せた若代表に脱帽した。ファッション業界では受け入れられつつも、現実世界で男がワンピースを着る文化が世に浸透するのはまだまだ先だろう。そんなものをこのコレクションのトップバッターに持ってきたんだ。若代表、いや、若月雅美…イカれてやがる。親父である全代表が死んで初めてのコレクションだ。普通なら、既存のブランドイメージで固めて守りの姿勢で挑むのが基本だ。それとは真逆のイメージで臨むとはな。しかし、今回のような攻めた姿勢がなければこのブランドは喰われる一方だっただろう。今日足を運んできた客の半分は純粋に服が好きなやつ。そしてそのもう半分は、おそらく(エネミー)

そんな敵だったはずの者も含め、あの場にいた者の全てが雅美の手がけた作品にひれ伏していた。もちろん、俺が引き立たせたお陰だけど。

「…若月雅美、良いデザイナーだな。」


俺は誰にも聞こえないくらいの小さな独り言を呟き、蝋燭の火を消すように己のオーラを消す。これで俺がこの場から忽然と姿を消そうとしても誰にも気づかれない。俺はこうしていつも騒々しい現場から立ち去るのだ。

しかし、今日は立ち去ることが出来なかった。

俺の目の前には先程のガキンチョが大股で立ち往生していたから。

「…邪魔だな、退けよ。」

俺は軽くあしらうようにため息混じりにそう言った。

「やだね!!!退かない!!!」

ガキンチョからはかなりの声量で反発をされる。周りの大人たちもさすがに振り向く勢いだったので、俺は勢いで少年の頭をはたいた。

「ばーか、うるせえよガキ!!!」

「君だってうるさいじゃないか!!!ていうか僕も君も歳は1つしか違わないしそれなら君もガキだよ!!!」

なんだコイツ…。コイツがあいつの弟なんて信じられないくらいだ。しつこすぎる。いや、このしつこさが遺伝子になければあんなに良い作品は生み出せないとすると、紛れもなく雅美の弟だな。仕方ない…

「分かったよ。1分待つからなんで俺を足止めしているのか説明しろ、ガキンチョ。」

俺はガキンチョに時間の猶予を与えた。

「僕はこのランウェイが初めてだ。君とは違ってオーラはまだ出てない。でも、僕はこのランウェイに出る。そう父と約束したんだ。」

「なるほどね。それで、なんで俺を引き止めた?」

数秒、先程までの会話のリズムを崩すように沈黙が流れる。視線を一瞬下げた一澄は小さく息を吐き、段原晶を見つめた。

「君に…僕のランウェイを評価してもらいたい。」

一澄は彼にそう告げると頭を深々と下げる。


俺は拍子抜けした。

こいつの我の強さ、意地の張り方、堂々とした眼差し。こういうタイプはプライドが高いやつが多い。それは子供でも大人でも変わらないし、決してその性質自体は悪くない。上に立つ者や表に出る者にとして必要不可欠な性質。

しかしそれは時として仇となることも多い。謝罪するべき場面で己のプライドを曲げられず、日に油を注ぐ場面が多い。それはどんな立場の人間でも、だ。


「ガキ…いや、一澄。頭上げろ。俺はお前の先生でも師匠でもない。」

俺はそう言って一澄の体を上げようとすると、一澄はそれを押しのけるようにさらに上半身を下げてきた。

「は?!いや、頭上げろって…。いや重い!!」

「…して。」一澄が何かを呟いた。

「なんだって?」俺は聞き返す。

「僕のランウェイを評価して!」一澄は頭を下げたまま、俺に先程の要望を懇願する。

「嫌なんだよ!俺はもう帰りたいの!」

「じゃあずっと頭下げとくから!ランウェイの時間になってもここでずっと頭下げとくから!」

面倒くさいにも程があるだろ若月一澄!!!どうなってるんだこいつの思考回路は。それともこの異常性がなければ若月家ではやっていけないということか…?ふとそう考えると、ほんの少しだけ頭を下げ続ける一澄に同情した。


「分かったよ…今日だけだからな。」俺は面倒くさいということを伝えるためにも長めのため息をしながら一澄に伝える。

一澄は勢いよく頭を上げる。そこには笑顔がここぞとばかりに溢れだしていた。

「本当にありがとう!僕、絶対このランウェイを成功させてみせる!そして、君みたいなモデルになるよ!」

屈託のない彼の笑顔に思わず釣られて俺は笑ってしまう。

「はは、あはははは!お前、本当にバカなんだな!この俺みたいなモデルになるって、普通本人の前で宣言なんてしないから。宣戦布告みたいなもんだろ。」

そう言うと、先程まで笑顔で満ち溢れていた一澄の顔からは笑顔は消え、今はどこか覚悟の決まった表情をしていた。

「そうだよ。宣戦布告だよ。僕は必ず君のようなモデルになる。そして、君を越えてみせる!」

…良かった。若月一澄、お前がただの能天気なバカじゃなくて。

「いいよ。受けて立つ。絶対負けるわけないから。」


◆◆◆◆◆


段原晶と若月一澄。2人の間には目には見えない火花が散っていた。


このコレクション、そしてこの2人の出会いは後にモデル界の歴史に深く刻まれる1ページとなるとは、まだ誰も知る由もない。


ただこれだけは言える。2人は出逢うべくして出逢った"運命"であるということを。

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