ダニエル、ノアにお茶を渡す
「ノア、平気か?」
「うん。ちょっと頭が痛くなっちゃっただけだから」
そう言いながらノアは一口、紅茶を飲む。すると「あれ?」と不思議そうな顔になった。俺も飲んでみると紅茶とは違う味だったので少し驚いた。
「いつも飲んでいる紅茶じゃないね」
「うん。サンソン神父が飲んでいるお茶なのかな? でも美味しいな」
そう言って穏やかに笑って飲む。やっぱりノアと一緒にいると心が穏やかになる。もう事件の真相とか考えたくないくらいに。
「ねえ、お兄様」
「ん? どうしたんだい?」
「私、シエル様に嘘つきって思われているんです」
俺の顔を躊躇いがちに上目遣いで見て、ノアは小さな声で言った。
「お姉様が写本で冤罪になりました。それで私は嘘を言っているんじゃないかって思われているんです。だから……」
「だから、信用されていないのか?」
俺が言うとノアはぎこちなく頷く。そして「シエル様が悪いわけでは無いんです」と呟くように言う。
「お姉さまがお父様を殺した所を見て、証言したのに、覆ってしまった。誰だって私の言葉を信用しないですよ」
「……本当にシャルルが父を突き飛ばしたのか?」
「私にはそう見えました」
こんなに傷ついたノアは父親やノアの母親が死んでから見ていない。いや、それ以上に傷ついている。
震えて、涙目のノアに「それを警察やサンソン神父に言えるか?」と聞くと首を振った。
「怖くて言えません。それにどのようにって詳しく聞かれたら、もう記憶があやふやなので分からなくなってしまいました」
ついにノアの瞳から涙が溢れてしまった。俺はハンカチを取り出してノアに渡す。口だけはほほ笑みながら「ありがとうございます」と言い、俺のハンカチを目頭に当てた。
「でもシエル様が信じてくれない事はものすごく悲しいです。私、出産してからウィルに会っていないんです」
「何だって!」
「出産してから体の事を気遣って入院していたんです。最初はシエル様の優しさに嬉しかったんです。だけど本当はそうじゃないって……」
ノアがこんな事になっているとは思わなかった。ポロポロと泣くノアが可哀そうで、早く笑って欲しくて、愛おしくて……。
「ねえ、お兄様。私、どうしたらいいんでしょうか。本当にお姉様が突き飛ばしたのに……」
そっとノアを抱きしめる。小さな彼女はすっぽりと俺の腕の中に入ってしまった。昔はシャルルに虐められたら、こうして抱きしめていたなと思った。
だがすぐに「ダメです」とノアが腕を伸ばして、俺を押し退けた。
「シエル様が見たら、誤解されちゃう」
そうだった。ノアはもう結婚しているんだ。もう俺達は立場が違うんだった。それにノアとは兄妹だ。こんな気持ちを抱いちゃいけないんだ。だけど血のつながりはないんだ。
俺は「ごめん」と呟いて、更に言う。
「だけど、世界中の誰もがノアの言葉を信じなくても俺は信じるから」
そう言ったが、なぜかノアは冷たい目をしていた。
*
みんながお茶を飲んでいる部屋に戻るとシエルしかいなかった。俺が部屋に入るとパッとシエルが振り向いた。
「ああ、ノアにお茶を持って行ってくださりありがとうございます」
「あれ? みんなは?」
「警察の方とサンソン神父、付き人のアンリ君は調べ物があるため外に出ました。シャルルさんは部屋で休んでいます。ちょっと疲れたとか……」
そう言いながらお茶を飲む。穏やかそうな好青年のようなふりをして、ノアを不審な目で見ていたのか。そう思うと少しだけ怒りが増す。
俺が話し出そうとする前に、シエルが「あ、そうだ」と明るい声で話し出した。
「ノアとお話しをしてもよろしいでしょうか?」
「今、怯えていますから会わない方がいいですよ」
「でも話したいことがあるから」
そう言って立ち上がるシエルに俺は少し強い口調で言った。
「シエルさん、ノアの事を信じていないんですか?」
「ん? どういう事ですか?」
「シャルルが冤罪と分かって、ノアは自分の証言を信じてくれていないと言っています。それであなたが不審に思っているって……」
シエルは少し考えた後、誠実そうな顔で言った。
「不審に思っていませんよ。僕はノアの事をすべて愛してますから」




