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アンリ、神の大地に降り立つ


 周辺諸国に広まっている教会の総本山は、周囲が山に囲まれた盆地にあった。険しい山が連なっているが中心は穏やかな丘が広がっている。


 その地で羊飼いの神が生まれ、人々に魔法を授けたと言われている。

 結構、忘れがちだが教会の教えは魔法と人間の付き合い方を示している。魔法は個人の物ではあらず、人を救うため、助けるために魔法は存在して、争いの道具ではないとか、魔法を持っても驕るなかれとか。

 だからここは見た事もない魔法が溢れている。


 中心となっている街は美しい白亜の神殿や博物館、礼拝堂の他に市場などもある。だが他は小麦畑や牧草地が生い茂る牧場が大部分を占めている。


 シャルル嬢と僕はあの記者会見の後、馬車に揺られて三日かけてこの総本山に着いた。宿や教会にも泊まったが、結構疲れた。シャルル嬢と一緒に腰と尻が痛くなってしまった。

 到着した後、サンソン神父からこう言われた。


「あの国にいると、たくさんの記者や野次馬達があなた達を追っかけてくるため、教会で匿うより、国外脱出した方がいいと思いまして。なので、この地でしばらく生活してください。あとシャルル嬢は聖女候補としての立ち居振る舞いをお願いします。ギロチンのギの字も言ってはいけません」


 サンソン神父はおどけた感じで注意したが、シャルル嬢は真面目な感じで「はい」と返事をする。


「もちろん労働をしてもらいます。シャルル嬢は聖書の写本工房でボランティア活動を、付き人のアンリ君は教会病院のお手伝いをお願いします」


 スラスラとサンソン神父は言い、僕らは別れてボランティア活動と手伝いしながら、この地でお互い顔を合わせないで生活をした。

 そうして一週間が経った、ある日。サンソン神父はやってきて、これから極刑調査官の施設に行きましょうと言われた。


「それでは参りましょう」


 そう言って馬車を使わず、徒歩で市街地を抜けた。ここから近いのかな? と顔を隠すフェイスベールをつけたシャルル嬢と一緒に話しながらピクニック感覚で歩くが、二時間以上もかかってしまった。

 市街地抜けたら穏やかな丘で舗装していない田舎道になって、故郷みたいとシャルル嬢は嬉しそうだったのに、到着したら疲労がヤバそうだった。そして僕も辛かった。引きこもりの令嬢と首都育ちの僕らには過酷だったと思う。

 そして汗一つかかずに涼しい顔して、「ここが極刑調査官の本部です」と言ったが、どう見ても牧場だった。

 そして周囲には羊やヤギ、牛までいる。


 シャルル嬢は息も絶え絶えに「え? 牧場ですよね、ここ」と尋ねるとサンソン神父は「そうなんです」と笑顔で答える。


「処刑人、これは昔の名称ですね。極刑調査官は代々牧場を経営しているんですよ」

「あれ? 神官って農業や畜産でお金を得てはいけないんじゃなかったと思うんですけど……」

「……我々は特別なんですよ」


 少し自嘲めいた笑みを浮かべてサンソン神父はそう言った。

 そう言って普通に牛小屋に入って行き「ただいま、戻りましたー」と言い、老人と何やら話していた。

 時折、羊や山羊の泣き声が聞こえる牧歌的な空気感が流れる中、僕とシャルル嬢は近くにいた作業員の方に水をもらった。


「何というか、牧歌的だね」

「そうですよね。捜査とする人だから、図書館みたいな資料がいっぱいな場所と思っていたけど……」


 そんな会話をしているとサンソン神父は戻ってきた。


「お待たせしました。では、あちらの建物に行きましょう」


 そう言って指さしたが、どう見ても少し大きめなログハウスにしか見えない。指示通りにサンソン神父の後にくっついて歩き、ログハウスへと入った。

 入ってすぐ僕は「なんだ、これ?」と思わず驚く。


「なんで丸太小屋だったのに、監獄みたいに石の壁になっているんだ?」

「魔法でそうなっているのよ」


 どうやら外見は丸太小屋ではあるが、中は空間を拡張したり、全く違う部屋にしたり、こことは違う別のどこかの部屋に通じているらしい。シャルル嬢に軽く説明されたが、彼女自身も「でもこれはすごい」と驚いていた。

 サンソン神父がやったのかは分からないが、かなり高度な魔法である。

 当人はそんな素振りをしないで、ソファとテーブルしかない殺風景な部屋に案内された。


「さて、二人がここにいる間に、事件の資料やダニエルさんとノアさんの旦那さんに話しを聞いてきました。はっきり言って国内の様子は、ギロチン聖女の事件の話題で持ちきりでした」

「すいません」

「公人って言うのは面倒な立場ですからね。ちなみにアンリ君の事件も調べてきました。随分と杜撰な捜査で犯人にされたみたいですね。記者に聖女候補と付き人の関係は? と聞かれたので、同じ冤罪で捕まったので同士として手伝っていると言っていますので、口裏を合わせてください」


 本当はシャルル嬢が書く推薦状をもらいたいだけだったのに、随分と志の強い理由になってしまった。まあ、恋人同士よりはマシだ。


 それから事件が起こった館もシャルル嬢やノアさん、ダニエルさんにも確認してもらいたいことがあるので行く予定日などを決めていった。


 そんな話し合いをした後、サンソン神父は「それでシャルル嬢」と話しかけた。


「あなたに頼みたいことがあります。私の仕事道具である【極刑の書】を写本してほしいのです」

「写本ですか? それは別に大丈夫ですが……」

「ですが、極刑の書の内容は残酷です。人によっては今まで見てきた処刑の内容より酷いと言われています。あなたは冤罪によって罪を着せられ、陥れた人間をギロチンで処刑してほしいと言いました。それは出来ないのですが、代わりにこの書を写本して欲しいのです」

「中身を読んでもよろしいですか?」


 シャルル嬢の言葉にサンソン神父は「もちろん」と言い、僕を見た。


「極刑の書は他人には見せられないのでアンリ君には申しわけないのですが……」

「分かりました。外に出ています」


 そう言って僕は小屋の外に出た。あんな陰鬱な石造りの部屋が嘘のように、外は明るい日差しが降り注ぐ丘と羊たちが戯れていた。


 一匹の黒い羊は僕と目が合い、メエエっと鳴いた。




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