ノア、何もかも恐ろしくなる
まだ入院しているノアの病室のドアが開いた。
「ああ、シエル。来てくれたの?」
「うん」
穏やかに笑うシエルにノアはちょっと影のついた笑みを浮かべる。
現にノアは元気がない。ご飯も喉を通らないし、いつも作っていた赤ちゃんの服も作っていない。何かしているとシャルルが見ているような気持ちになるのだ。
昔、療養を終えて家に帰ってきたシャルルを初めて見た時、怖かった。何かを見透かしているような感じだった。だけど他のみんなは私を愛してくれた。そしてみんな、シャルルを嫌っていた。だから私も嫌ってもいいはずだ。
私は悪くないよ。
みんな、私の言葉を信じてシャルルを犯罪者にしたんだもの。みんなだってそう思っていたんじゃない。
それなのにどうして私を非難しようとするの?
ふっとシエルが心配そうに「ノア」と顔を覗き込んだ。
「なんだか顔色が悪いね。大丈夫?」
「うん、大丈夫」
本当は大丈夫じゃないけど、そう言わないと……。
そしてシエルは「昨日、ダニエルさんに会ったんだ」と話し出した。
「君の事を心配していたよ。それからウィルの事も」
「私は兄の方が心配ですね」
「ダニエルさんはちょっと疲れていたけど元気そうだった。部屋は汚かったけど」
シエルは苦笑しながら答えた。だけど本当は大変なはずだ。お兄さまもシエルも。どうして今さら、お父様の事件を覆そうとするの? シャルル?
もう二度とシャルルを思い出すことは無いと思っていたのに。
どこか疑わしそうに私を見るシエルが辛い。私は愛されたいのに、優しい目で見てほしいのに、私を愛する言葉だけを聞いていたいのに。
「ねえ、シエル」
「ん? どうしたんだい?」
「あのね、ずっと言っていなかったんだけど、ロナさんって言う看護師さんがいるでしょ。その人に私、イジメられているんだ」
イジメという言葉にシエルは眉を顰める。私を心配してくれる目を見てくれて、とっても幸せな気持ちになる。
だけど悲しい表情で俯いて、口を開く。
「ロナさん、私に対して『お前は母親として失格だから、赤ちゃんに会えないんだ』って……」
「それはいつの話し?」
「え? んー、毎日いっぱい言われちゃったから忘れちゃった」
そして私は「でも大丈夫だよ」と言ってあげる。そうすれば誰だって私を心配そうに見てくれる。
だけどシエルは眉をひそめたままだった。
「ねえ、ノア。ロナさんって黒い髪の女性? ちょっと言葉が厳しめな」
「うん、そう。あの人は他の看護師さんを顎でこき使っていて、みんな戸惑っているの」
「……あのね、ノア。落ち着いて聞いて」
シエルは「ロナさんは看護師さんじゃ無いんだ」と言った。え? どういう事? 頭が混乱する。
「元々、この病院には助産師がいないんだ。胎児が元気なら入院しないし、家で助産師を呼んで出産をするんだ。ノアもお腹にいたウィルも元気だったけど、お姉さんの【法の書】を内密に教えてくれた人がいて、入院させた方がいいんじゃないかって勧めてくれたんだ。精神的なダメージがあれば、ノアもウィルも体調を崩すと思ったんだ。だけど近くの病院に助産師を雇っている所が無くて、それで無理を言って一時的に派遣させたんだ。それがロナさんなんだ」
「え? でも看護師さんみたいな服を着ていたよ。それに若いし」
「助産師さんはあまり白衣を着ないで、動きやすい服を着るんだ。それからロナさんは小さい頃から見習いとしてお母さんと一緒に仕事してきたんだ。だから若くても助産師の資格は持っているんだ」
「……」
「それに助産師さんって結構、忙しいんだ。だから毎日、ノアの所に来ることは無いよ。それにお医者さんは精神的に強い言葉を患者の人には言わないと思うけど」
衝撃的な事を言って、私の頭はパニックだ。何とか言葉を紡ごうとするが、出てくる言葉は「でも、でも……」しか言えない。
シエルは「それにね」と話しだす。
「二か月前からロナさんと会っていないはずだよ。もう元気になったから」
「え? 待って、私、どうしてまだ退院出来ないの?」
シエルは目線を下げて、「君のお姉さんについて記者がたくさん来るようになったんだ」と告げた。
「粗野だったり、サバサバしていたり、デリカシーのなかったり、様々な記者がたくさん来るようになったんだ。その対応は父や僕がやっているけど、やっぱり厳しい質問があって……。ノアが聞いたら、辛いと思って……」
シエルの優しさが心にじんわりと広がる。こんな事、私は知らなかった。そしてこんな思いをさせて、シエルを困らせるシャルルが憎いと思った。
「ありがとう、シエル」
そして涙を流して私は言う。シエルはきっと私をほほ笑んでくれていると思って、顔をあげた。だけどシエルは諦めたような目を私に向けていた。




