ダニエル、シエルと昔のノアの話しをする
人を食ったような掴みどころのないサンソン神父が帰った後、ダニエルとシエルは一階のコーヒーショップに入った。だが店内の空気はお酒の匂いが溢れかえっていた。
「この店、昼時はコーヒーショップになって、夜はバーになるんですよ」
「そうなんですか」
コーヒーショップだった時は商談スペースだったのが、個室となっており二人はそこで飲んでいた。ぼんやりとオレンジ色の灯りが付いている。魔法の力で光っているわけではなく、ランプの灯りだった。
スタッフにお願いして人払いと防音の魔法もかけた。これで不世話な奴らに話しを聞かれることは無いだろう。それにここの店では昼も夜も毎日、様々な商談や秘密の会話がなされている。ここでの客との話しはすべて守秘していると店長は言っているから、大丈夫だろう。
昼に行かなかったのかは、日が明るいうちだとかなりの記者がやってくるから来ないでほしいと言われたのだ。
「あ、ウィルは元気ですか?」
「……はい。乳母に懐いていますよ」
少し浮かない顔でお酒を見るダニエルに「どうしました?」とシエルは聞いたが、「……いえ、大丈夫です」と言って言葉を濁した。
「実を言うと今、親族が集まっているんですよね。多分小さな親戚にも可愛がられているでしょうね」
「シエルさんの所は親戚が多いですものね。しかも貴族の身分でない方も実業家や国の一端を担う議員さんもいましたよね」
ダニエルは「すごいです」とお世辞ではない言葉を言うが、シエルは「喧しい人ばっかりですよ」と苦笑しながら言った。
「それに親戚は多いけど僕には兄弟とかが居ませんでしたね。やっぱり兄妹は欲しかったな」
「僕はノアに会う前は一人っ子の方が良かったですね」
「そうですか」
「ええ、シャルルを生んだ時に母は亡くなりました。確かに僕はシャルルに『母親を殺した』とたくさん言いましたよ。それに母の死で僕の子供時代は終わりましたから、死んだきっかけを作ったあいつが憎かった」
ダニエルは遠い目をしながら話す。誰にも話したことがない、自分の汚い部分を避けの勢いで話す。
「父親は跡取りだからって理由で、僕に仕事の手伝いをさせましたね。お金がなかったから従業員を手配できなかったんでしょう。間違いをしたら、社員のように怒られました。父親と思うなって言われましたし。僕は子供じゃ無いんだなって思いました」
ダニエルは顔を歪めながら「更に王政の増税が始まって辛かったです」と言い、シエルは同情的な目でダニエルを見た。
「親から大変だったと聞いています。王政の増税のせいで、うちも領地や利権などを手放しました」
「シエルさんの家は堅実にやっていたから、それで済んでいるんですよ。うちは借金でいっぱいでしたから。昔の大雑把な経営で損失を見なかったし、何の知識も無いのに色々な事に手を出して借金を重ねるばかり、しかもワンマンだったから意見を聞かない。どうにか、こうにか潰れなかったのは奇跡ですよ。色々なものを切り捨てましたが……。僕も散々、怒鳴られて時には殴られて、従業員をやめさせたから仕事を大量に任されました」
遠い目をしながらダニエルは「小さい頃から、父を反面教師にしてました」と呟いた。
「周りを見ないで自分勝手で自業自得で潰れそうで、僕に八つ当たりをして、でもご機嫌取りで褒めて。学校にも行っていたんですが、成績についても色々と言ってきて、はっきり言ってウザかったですね。それで褒めても嬉しくは無かった。早く父から経営を変わってほしいって思っていましたね」
「……」
「そんな子供時代だったから、シャルルに当たっていました。あいつは僕が辛い思いをしている中で、何にもしていなかったんです。さすがに文字の読み書きや計算は出来るのですが、貴族のマナーなどの家庭教師はつけなかったんです。だから何にも考えていない、ぼんやり生きている奴としか思えなかった」
自分の愚痴をガンガンに言っている事に気が付いてダニエルは不味いと言う顔になった。
「すいません。一人語りになってしまいました」
「いえ、ノアからもダニエルさんはものすごく苦労していたってお話しを聞いていました。でも実際に聞くとやっぱり壮絶です。昔から親戚から僕は世間知らずだって言われていて、ずっと反発をしていました。でも今の話しを聞いて実感しました」
「えー、シエルさんは世間知らずじゃないですよ」
ダニエルは笑ってフォローして、「それに」と話し出した。
「ノアやノアのお母様が来て、ようやく心にゆとりが出来ました。何というかホッと出来たような。僕がいつも仕事の手伝いをしているとノアやお母様がよく労わってくれました」
「そうなんですか」
「特にノアの無邪気さに救われました。よく一緒に遊んだり、励ましてくれたり、作ってくれたお菓子をもらって。あの子の子供らしさを見て安心しました。だからノアには幸せになってほしいって思うんです」
穏やかな目でお酒が入ったグラスを眺めながらダニエルは言う。それをシエルは遠い目をしながら眺めている。
ノアを思い浮かぶと「お兄様」と嬉しそうに笑う顔だ。みんなを優しく接して愛しているから、誰からも愛されている。ただ当主と言う立場だから【様】をつけられるのは嫌で、やめてほしいと言ったことがある。だけどノアはほほ笑んで「お兄様はお兄様ですから」と言った。
「それにママがお兄様に絶対【様】を付けなさいって怒られます。別の呼び方をしたら、周りはおかしいって思いますよ」
「確かにそうだけど」
「例え敬称をつけても、私はいつも頑張っているお兄様が大好きですし、私はいつまでも一緒にいますよ」
ノアはそう言ってほほ笑む。貴族と言うのは孤独な生き物だ。本当に対等の人間なんて出来ないんだって思っていた。だけどノアの言葉は孤独だと思っていたダニエルの心を救ったのは確かだ。
ダニエルはノアとの思い出をひとしきりに語った。するとシエルは「シャルルさんとの思い出は?」と聞いた。するとダニエルはあからさまに嫌な顔をする。
「シャルルについては、あまりいい思い出がないので……」
「そうなんですか。だけど彼女ってすごいですね。新聞とか読むと【法の書】はもちろん様々な魔導書を写本していて」
「あいつにお世辞はいりません」
ダニエルはそう言うが、シエルは「お世辞では無いです」と言った。
「写本をするのは魔力もそうですが、相当な精神力が必要で……」
「時代遅れの代物ですよ。もう写本をやっている人間なんていないじゃないですか」
食い気味にそう言ってダニエルは酒を煽る。
その姿を眺めた後、シエルは時計を見て「あ、もうこんな時間!」と言って立ち上がった。
「ダニエルさん。僕はそろそろ帰りますね」
「え? そうですか」
「はい。明日の早朝に馬車で帰りたいんです。ノアやウィルに早く会いたいですし」
ダニエルは「そうですか」と言い、見送る。シエルは「飲み過ぎないように」と忠告して、更に言った。
「ノアはダニエルさんの事も大切に思っています。あまり思い詰めないでください」
そう言ってシエルは馬車に乗って行った。
やっぱり良く出来た男だなと思いつつ、ダニエルは眩しい物を見たように目を細めた。




