ノア、シャルルが冤罪と認められたことを知る
穏やかだがしっかりとした声で「ノア」と呼ぶ声が聞こえる。
「僕にだけ本当の事を教えてほしい。僕はどんな真実でも君を怒らないよ。だから話してほしい」
シエルの声だ。とても優しい私の旦那さん。そう、とても優しい人。
「ねえ、本当の事を教えて。ノア」
だけど私を見ていない瞳が恐ろしい。私が話した言葉を疑う耳が嫌だ。それ以外はとても優しい旦那さんなのに。
私を愛しているのに、私の言葉をすべて信じない人。
ねえ、私が大事なら本当の事って必要なの? 私を愛しているなら、私の言葉も信じてよ。そう思って彼を黙って見つめる。
シエルは私から目をそらさないで「ノア」と声をかけた。
「一つ嘘をつくとね、それを隠すために、たくさんの嘘を言わないといけないよ」
それが何? 聞きたくない真実よりも、私は素敵な嘘を聞いていたいよ。
*
ノアが目を開けると真っ白な天井が見えた。一瞬、ここがどこだか分からなかったがすぐに思い出した。入院している病院の部屋だ。
二か月前、赤ちゃんが生まれた。可愛い男の子、髪と目は私と同じ明るい茶色の髪と緑色の瞳、顔のパーツはシエルに似ている。
赤ちゃんはどうしているのかしら? 出産後、赤ちゃんを抱っこして以来、見ていない。それどころか私はずっと入院している。もう体も良くなったと思うのに、退院の予定は教えてくれないのだ。
ほんの少しノアは不安になる。
日中は赤ちゃんの洋服を作っていく。可愛らしい刺繍をつけた涎掛けだ。本当はつけた所を見たいけど。
すでに赤ちゃんは自宅に帰って乳母に育ててもらっているとシエルから聞いた。本当は私も一緒に見てあげたいのに。
あ、でも名前はシエルと一緒に決めた。【ウィルソン】だ。私は短く【ウィル】と呼んで、抱っこしてあげたい。
赤ちゃんの事を考えるとノアは自然と頬が緩んだ。
お昼頃、シエルがやってきた。
「具合はどうだい? ノア」
「本当に元気よ。もう退院してもいいくらいよ」
作った涎掛けを見せてあげるとシエルは嬉しそうに笑った。「赤ちゃんにプレゼントするね」と言ったのでノアは口を開く。
「私が渡したいな。ねえ、赤ちゃんにいつ会えるの?」
「……具合が良くなったらね」
「もう良くなっているわ!」
ノアは矢継ぎ早に答える。
「だって出産準備のために三か月前から入院しているのよ。赤ちゃんが生まれてからも体は心配だからって、ここにいるのは辛いよ。もう病気になっちゃう」
ちょっと拗ねたようにノアが言うとシエルは頭を撫でた。大きな掌なので小さなノアの頭をすっぽりと包む。
そしてシエルはちょっと困ったような笑みを浮かべて、「ねえ、ノア」と話しかけた。
「今日はノアのお姉さんについて聞きに来たんだ」
「お姉さん?」
「ノアにはシャルルさんって言うお姉さんがいるよね」
サッとノアの顔色が悪くなった。
なんで知っているの? 勘当してもう貴族の人間では無くなったはずなのに。もう何年も聞いていない名前に恐ろしくなった。
シエルは「彼女について……」と話そうとした時、ノアは「イヤ!」と大声を出した。
「お姉さまは嫌い! だって私の事を本当の家族じゃないって意地悪を言うし虐めるし、ダニエルお兄さんのお母さんとお父様を殺したの!」
もう名前だって聞きたくないと言って耳を塞ぐ。
正直、顔も覚えていないシャルルと言う姉。家族みんなから嫌われていた。だから、あの子に悪い事を全部押し付ければ、良いんだ。
そうして姉は警察に捕まって、私達の家族から消えていった。
シエルは「ねえ、落ち着いて。ノア」と言った。
「あのね、ノア。これを見てほしいんだ」
「え? 何これ?」
それは教会が出している新聞だった。そこには【半世紀ぶりに法の書の写本に成功する】と見だしにあり、隣には【元貴族のシャルル嬢、監獄の中で書き上げる】とあった。
「何? これ?」
純粋な質問だった。
シアルが優しくゆっくりと言い聞かすように説明した。
「君のお姉さんが書いた【法の書】を写本する条件に清廉潔白、つまり罪を犯していないがあるんだ」
どういう事? 頭が追い付かないよ、シエル。
「だからお姉さんは君のお父さんを殺していない、冤罪であるって認められるんだ」
なんで? だって警察には捕まったんだよ……。
「それから、この事件で警察の不正が発覚したんだ。だから極刑調査官って言う教会の神父なんだけど、警察みたいな事をする人が捜査するらしい」
そう言いながらシエルは私が持っている新聞を指差して教えてくれた。
「それでね、ノア」
「……」
「多分、じゃないな。近いうちにこの極刑調査官が来て、この事件について聞きに来るよ」
私は何にも答えられなかった。




