サンソン、シャルルの兄に会う。
シャルルの兄、ダニエル・ニフル・レッティアは都心にある五階建ての集合住宅に一人で住んでいた。元貴族が一人で住む少々家賃が高く、その分、充実した家具が揃っている部屋だ。しかも一階にはカフェがあり、商談スペースもあった。
サンソン神父はそのカフェで紅茶を飲みながら、ダニエルを待っていた。
だが待ち合わせの時間は過ぎて、サンソン神父が紅茶を飲み終えた時にようやくダニエルはやってきた。
「お待たせしました」
どこか冷たさを持った男性がサンソン神父の向かい側の席についた。手にはウェイターに作ってもらったコーヒーが入ったカップを持っていた。中身は真っ黒だからミルクを入れていないブラックコーヒーだろう。
ダニエルは遅れてきたことを詫びて、もう一杯、紅茶をもらうようウェイターに頼んだ。
「シャルルについてですよね。彼女は我が家を勘当しているので関係ないです」
「そうなんですね。だけど、私は彼女の事よりも彼女が起こした事件についてお話しが聞きたいのです」
ダニエルは渋い顔しながらコーヒーを飲む。それをほほ笑みながらサンソン神父は語り出す。
「まず、聞きたくないでしょうが、あなたの妹のシャルル嬢についてお話しさせてください。彼女は先日、清廉潔白の人間しか写本できない【法の書】を完成させました」
「……はあ」
「つまり彼女が事件の犯人ではないので、私が事件の再捜査をしようと思います」
「はあ?」
ガタガタッとダニエルが立ち上がって、サンソン神父を見下ろす。予想外の事を言われて、混乱しているようだ。
「どうして、そうなるんですか? シャルルが犯人ではないって」
「先ほど言ったでしょう? 【法の書】を書き上げたからと」
「だから、たかが写本で、犯人じゃないって、分かるんですか?」
「清廉潔白の人間だからですよ」
サンソン神父は「まあ、座ってください」と言ってダニエルを座らせた。そして間違いを認めない生徒に言い聞かすように説明する。
「彼女が写本した【法の書】は教会が編み出した魔導書です。魔力で文字を紡ぎ、魔法を生み出す直前の状態を羊皮紙に刻むのです。こう言った書物は書く者に条件が必要です」
「で、【法の書】の条件は清廉潔白の人間と言う事」
ダニエルが答えると「そうです」とサンソン神父は満足そうに笑って答える。
だがダニエルは不信な目を向けて、「それで無罪になるんですか?」と言った。
「清廉潔白の人間にしか書けないから、無罪ですと認めるなんて馬鹿げています」
「今は写本をする人間が少ないですからね。印刷技術も上がって写本をする意味が無いですから。でも数十年前はこう言った方法で無罪を証明する人達はいたようですよ。それに元々教会は罪を犯した者を罰する権利を持っています。それと同時に冤罪であるという証明も出せるのです」
「馬鹿馬鹿しい」
ダニエルは「まだあいつは迷惑をかけるのか」と忌々しく呟く。それを特に表情を変えずに、サンソン神父は眺めている。
「警察が調べてあいつが犯人となったんだ。しかも自分がやったと言う認める署名をしたのに。もう終わった事件なのに」
「彼女自身はまだ終わった事件じゃないようですね」
ダニエルは不服そうだがサンソン神父は「という事で捜査に協力をお願いします」と頭を下げた。
「お断りします」
だがダニエルはバッサリと言って睨みつける。
「僕にとっては終わった事です。それに妹はよく教会に行って写本を寄付していましたが、僕は教会にはほとんど行きません。神に対しても無関心ですし」
「一応、私も捜査権は持っていますよ」
「だけど、あくまで協力だ。警察のように強制力はないですよ」
ダニエルは「それでは……」と立ち上がったのでサンソン神父は残りの紅茶を飲んだ後、口を開く。
「では、あなたのもう一人の妹さん、ノアさんにお話しを聞いてきましょう」
「……はあ?」
「よくよく考えれば、あなたに聞いても分からない事が多すぎですよね。でしたら、突き飛ばしたところを見たノアさんに聞いた方がいいでしょう」
「絶対に止めろ!」
ダニエルが引き返してサンソン神父に怒鳴る。
「ノアは今、結婚して妊娠しているんだ! あんたが行けば体に障ってお腹の子供も悪影響になる!」
「別に暴力を振るうわけじゃないですよ。ただ事件についてお話しを聞くだけです」
「だから! それが! 体に障るって!」
話が通じない人間にイラつくダニエルに、なんで怒っているんだ? とばかりに首を傾げるサンソン神父。ダニエルが怒鳴ったため、周りの客は二人を怪訝そうに見ている。
周囲の注目に耐えられず、ダニエルは諦めたように元の席に座った。
「捜査には協力したくないです。それにもし違うのなら、勘当後もずっと否定すれば良かった」
「ん? ちょっと待ってください。勘当後に自分がやったと認める書類を書いたんですか?」
「そうですよ、それが何か?」
サンソン神父は少し俯いて「なるほど」と呟いた。そしてすぐにダニエルの方を向いた。
「その勘当した書類を貸してほしいんですか?」
「なぜですか?」
「警察の書類と一緒に確認したいことがあるので。もちろん、すぐに返します」
ダニエルは不信そうな目を見せながら「では条件があります」と言った。
「まずノアに会わないでください」
「分かりました。今は、会いません」
「あと、シャルルのいる場所を教えてください」
「あれ? 知らないんですか?」
「……今はあいつがどうなろうと興味がなかった。だが、無実になった事で会わざるを得なくなった」
サンソン神父は意外そうな顔で「そうですか」と言って、シャルルのいる教会を教えた。
ダニエルはため息をつきながら口を開く。
「勘当した書類があっても、何も変わらない」
「いえ、振り出しに戻ることは可能です」
ダニエルの言葉に意味深な笑みを浮かべて、サンソン神父は「では、お願いします」と言って去って行った。




