サンソン、警察で適当に扱われる
「……資料はこれだけでしょうか?」
サンソン神父はちょっと躊躇いがちに聞くが、警察の新人は「そうですね」と返した。
「簡略された実況見分と証言のまとめ、遺体に至っては簡単に目視した程度ですね。それから自白の認めた書類」
本当にそれだけなのかとサンソン神父は目で訴えるが、新人は肩をすくめるだけだった。
そもそもこの新人は捜査権限のない資料管理の人間である。
突然、警察に現れた極刑調査員のサンソン神父が「とある事件の資料を貸してくれ」と言ってきたので警察の事務員は騒然となった。だが署長は嫌そうな顔だけして「資料だけ渡して、適当にあしらえ」と言われ、仕方がなく新人の男が資料を探してサンソン神父に渡したと言った具合だ。
パラパラと資料を眺めるサンソン神父は新人に「このグランツ捜査官と会えませんか?」と尋ねてきた。新人は署長や上司に言われた言葉を思い出して言葉にする。
「彼は席を外しております」
「いつ、会えますか?」
「……えーっと、それは分からないです」
もしかしたら「じゃあ、いつ会えるか上司と確認をお願いします」とか言われるかもと新人はそう思ったが、サンソン神父は「分かりました」と返した。
「この書類通りだったら、目撃証言のみで犯人を断定したって事になりますね」
サンソン神父は新人に話すが、「そうなんですか?」と言うだけだった。当然である。新人がここに就職する前の事件なのだから、知らないのだ。
「他の事件書類を見比べてもよろしいでしょうか?」
「あー、ダメだと思います」
「……そうですか」
サンソン神父は再び、書類に目を通すと「こんな簡略した資料をうちの調査員が書いてきたら、やり直すのに」と呟いた。
この言葉に思わず、新人は「あなたは捜査機関の人間ですか?」と尋ねた。
「おや、警察の人間なのに極刑調査員を知らないんですね」
「私は新人で捜査権の無い事務員なので……、ところで極刑調査員って何ですか?」
「ここら辺の国では死刑は廃止されていますが、極刑と呼ばれる刑罰があります。この刑だけ、教会の人間が行っています。処されるのはテロリストや凶悪犯になるんですが、彼らの素性や犯行を調査して本当に極刑に値するのかを調べ、そして裁く人間です」
「じゃあ、教会の警察みたいなものですか?」
「警察とはちょっと違います。凶悪事件については警察も捜査をいますが、その捜査に見落としがないか確認をして、更に自ら凶悪犯を極刑に処する人間ですね」
説明を聞いて、新人は「そうなんですね」と理解したような返事をした。サンソン神父は苦笑しながら「まあ、普段は黒い羊の世話係ですけどね」と付け足した。
すべての書類に目を通したサンソン神父は「ありがとうございました」と言って新人に資料を返した。
「もしかしたら、また伺うかもしれません」
「……はあ。そうですか」
「ところであなた方は、なんで教会の極刑調査員が来たのか聞かなかったんですか?」
不思議そうにサンソン神父は聞く。新人はなんか仕事の教育係が言いそうな言葉だなと感じ、若干嫌な顔になった。
だがこの質問に新人は出来る限り頭を動かして「聞いては不味いかなと思いまして」とちょっと愛想笑いして答えた。
苦し紛れの新人の返答にサンソン神父は「まあ、確かにそうですね」と幽かに笑う。
「これは世間では公表してはいけないのですが、あなたにだけお話ししましょう。誰にも、そう、署長や上司にも言ってはいけません。実は監獄で【法の書】の写本に成功した者が現れたらしいです」
「【法の書】? 凄い書なんですか?」
「三百枚にも及ぶ魔導書の写本ですので大変な作業なんですが、書く本人がある条件を満たさないと成功できないんですよ」
新人は「条件?」と呟き、サンソン神父は更に言う。
「清廉潔白の人間って事ですね」
「はあ」
「そんな間抜けな反応でよろしいんでしょうか。今私に貸していた書類の事件の犯人が監獄で【法の書】を書き上げに成功したんですよ」
新人はようやくサンソン神父の話しを理解した。
「つまり冤罪が起きた可能性があるんですよ」
新人が驚いている中、サンソン神父は「それじゃあ、言わないでください」と言って資料室を出て行った。




