アンリ、シャルルとの出会いを思い出す
シャルルと言う貴族の女性に会ったのは、僕が正式に監獄の医師見習いになって一週間経ってからだった。はっきり言って、この仕事にやる気は無かったのだが、仕事が無いのでどうしようもなかった。
シャルルと言う貴族の女性は、はっきり言って普通の人とは違っていた。と言うか、名前を聞いた時、男かと思った。
そもそも僕は元々ここの一般の監獄にいた囚人で、割と有名だったのだ。
監獄に入る前は普通の医師見習いとして都市部の病院に勤めていた。真面目にやっていたし、ミスを無くすため確認をして行っていた。
だがいつも親し気に話してくれるお婆ちゃんが突然、亡くなってしまった。その原因が処方した薬のせいでは? と警察に言われてしまったのだ。処方箋通りに渡したはずという書類も隠ぺいと言われてしまい、僕は逮捕されてしまった。
ちゃんと調べろ! あのお婆ちゃんの検死はしたのか? と言いたかった、というか警察に言ったけど、お前がやったんだと決めつけられてしまった。
こんな不条理で僕は一年間、監獄の中に入れられてしまった。しかも来る前から若い医師見習いとして僕は有名になっていた。貴族はともかく一般の監獄の人間は底辺の奴らがほとんどだ。だから優秀な奴や一気に転落した奴は面白おかしく言われるのだ。
だが僕は一般の監獄には行かないで、刑務作業は監獄の医師の手伝いとして医務室の近くの仮眠室で寝泊まりしていた。医療関係者が少ないからだろう。
ある日、足が痛いと訴えてきた一般の受刑者はある話しをした。
「あんたも大変だね。今は警察がピリピリしていて、更にテロで忙しい。だから細かい捜査は行き届かないんだよ」
「……そうなんですか」
「だが悪い奴は見逃せない。だから警察は事故なのに事件化して無実の奴を捕まえるのさ」
そして「運が無かったね」と僕に言った。多分、あの一般の受刑者もそうなのだろうな。つまり、あの監獄の中は悪い奴らと運のない奴らの吹き溜まりって事か。最低最悪だ。
貴族用の監獄でも僕は有名だった。
僕の父親が元貴族だったのだ。と言っても愛人の息子だったし、もうほとんど会っていない。俺が子どもの頃には借金によりほとんどの土地を国に返してしまったので名ばかり貴族なのだ。父親がちゃんと運営で来ていれば、貴族の血を引いている僕を監獄に入れなくて済んだだろうにな……と思った。
こういった経緯で僕は監獄で有名だったのだが、シャルル嬢は俺の存在を全く知らなかった。別に知ってほしいとは思わないが、俺が監獄を出た後もここで医師見習いとして小間使いさせられていた。監獄なんてつまらない場所だから、見たことなくても噂で知っているだろうとは思っていた。
それなのに知らないシャルル嬢はよっぽど周囲を気にしていなかったようだ。彼女がギックリ腰になって、ようやく僕と対面して知ったのだ。
それから彼女はあまりにも頑固者だった。
写本をしたいがためにベッドから降りて、ほふく前進をして道具を取りに行こうとしたり、僕が写本をやめて散歩とか身体を動かしましょうと言っても聞かない。腹が痛くなるだろうにずっとベッドにうつ伏せで写本をしている。
あまりにも写本をやっているので理由を聞いてみると「【法の書】を書いて、無罪にするため」と答えた。
聞いた瞬間、本当にそういう事が出来るのか? と思った。
後日、監獄の中の小さな図書室で調べると、確かに【法の書】を書き上げた囚人である貴族の女性が無罪になったという昔の記録が残っていた。
ここら辺の周辺諸国では、罪を持った者は教会に罰せられていた歴史があるのだ。今は国などに任されて警察や裁判官がいるが、一部の例外と軽犯罪による奉仕作業は教会が主導となってやっている。
さて【法の書】は教会が作り出した魔導書であり、人の罪を裁く事が出来るのだ。ただし写本する際に条件が合って、それが【罪を犯していない者】が書かないといけないという。
つまり罪人である人間が書いて写本に成功できれば、罪を犯していないと証明されるのだ。
だがこの方法はかなり難しく、更に写本する量も半端ではない。それに成功できるかもわからない。やる気があっても持続できるか僕でも分からない代物だ。
彼女はそれを一心不乱になって、やっているのだ。
そんな事をしていたら僕の存在なんて気にする余裕なんてないか……と思った。
とは言え、ギックリ腰で写本がはかどるわけも無いし、刑務作業も出来ないので給料も出ない。そこで彼女は持っている服を売るという手段を取った。それを他人の僕にお願いしてきたのだ。
僕が悪い人間だったらどうするんだ? ピンハネとかするかもしれないのに。と思った。だがある事を思いついて、僕は条件を出した。
「もし【法の書】が完成したら、付き人にしてください」
条件を言った瞬間、シャルル嬢はキョトンとした目で僕を見た。そこで僕はすぐさま理由を話した。
「実を言うと僕には前科があります。ここに収容されて刑務作業で医師見習いをしていました。
「あ、結構長くいるんですね」
「結構、僕は有名だったんですよ。罪を償った後も監獄の医師見習いをいていますが、医師にはなれません。医師になるには試験があるんですが、その時に学んだ医師からの証明書を貰うんです。だけど、ここの上司は出してくれません。だからあなたの付き人になって、あなたが書いた推薦状を持って別の医師に師事させてもらおうと思ったんです」
「……付き人になりたいというより、その推薦状が欲しいわけね」
「そうです。それに恐らく付き人が必要になってきますよ。過去に監獄で【法の書】を書き上げた女性は、教会で聖女として列聖されました。その時に付き人がいると便利ですよ」
「【法の書】を書き上げればの話しでしょう」
そう言ってシャルル嬢はチラッと写本している【法の書】を見た。
「いいよ。でも【法の書】が完成しても私の無罪は確定になるけど、聖女になれるかどうかは分からないよ」
「それでもいいです。とにかく推薦状さえ貰えれば……」
こうして僕は【法の書】が書き上げた後、彼女の付き人になる約束を取り付けた。
*
彼女の目覚めは突然だった。丸三日も寝続けて、起きたのは朝方だった。いつものように健診に来た時、上半身を起こしたシャルル嬢を見た時、ちょっと驚いてしまった。
「何よ、お化けを見たような反応して」
「いや、突然起きたから」
僕の言葉で彼女は不思議そうに「どういう事?」と聞いたので「三日ほど寝てました」と告げた。
「え? じゃあ、【法の書】は? それにここって監獄じゃないよね」
「大丈夫です。最初から説明します。でもその前に」
「え? その前に?」
「健診と朝食を済ませてからにしましょう」
健診と朝食が済んでシャルル嬢に【法の書】は完成した事、これから教会の人間が最終的な鑑定を行う事、それに伴い監獄近くの教会にいる事を説明した。
「はあ、良かった」
「ところでシャルル嬢。お約束を覚えていますか?」
「約束? 何それ?」
すっとぼけた顔でシャルル嬢は言ったがすぐに笑って「嘘よ」と返した。
「それじゃ、これから付き人としてよろしく」
彼女はそう言った。




